THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『パンチドランク・ラブ』

 

パンチドランク ラブ (字幕版)

パンチドランク ラブ (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 男性主人公による一目惚れしたヒロインへの強烈な愛情に基づいた恋愛のストーリーと、犯罪のターゲットになり脅迫や暴力沙汰に追われるストーリーとが描かれる。この恋愛プラス暴力の組み合わせは映画ではよくあるもので、たとえば『ドライブ』や『ベイビー・ドライバー』がそうだったし、内容はよく覚えていないが『トゥルー・ロマンス』もそんな感じだった気がするし、まだ観ていないけどたぶん『初恋』もそうだ。恋愛を描きたいが単なる「恋愛映画」にはしたくない場合や、主人公が暴力の世界に追われたり立ち向かったりする動機付けをしたい場合などにこの設定は便利なのだ。

 上述したような作品では主人公またはヒロインのどちらかを明確に「裏社会の存在」に設定することで、恋愛の部分と暴力の部分とに切っても離せない必然性を付加して、「暴力に対処すること=愛情を証明したり守り抜いたりすること」と位置付けられている。その点では『パンチドランク・ラブ』の設定や脚本はあまり練られておらず、主人公が巻き込まれる暴力の部分とヒロインとの恋愛の部分とが巧みに関係しているわけではない。単純に、同じ主人公による別々の二つのエピソードが並行して描かれているという感じが強い(終盤でちょっとだけヒロインも暴力に巻き込まれたりはするが)。そのために、たとえば主人公が暴力に立ち向かうことによるカタルシスのようなものはない。また、実のところ主人公とヒロインとの恋愛それ自体には障壁のようなものがなく、お互いに一目惚れして喧嘩することもなく終始上手くいくから、恋愛映画としてもどうかというところはある。

 ただし、この作品はそもそも恋愛映画やアクション映画を志向しているものではない。まあ「作家性」やちょっとした芸術性を全面に押し出したタイプの映画だ。そのため、画面の構成やキャラクター描写(主人公がプリンについてくる特典を利用して航空会社のマイルを貯めていること、など)に面白さを見出すべきタイプの映画ではある。実際、画面のつくりが凝っているシーンがかなり多くて、そこは観ていて視覚的に楽しめた(主人公がスーパーで買い物するシーン、電話の際のサイケデリックな背景、ハワイで主人公がヒロインと再会するシーンなどが印象的だ)。同じポール・トマス・アンダースン監督の『インヒアレント・ヴァイス』は2時間半以上と長過ぎてちょっと辟易したが、この作品は90分でまとまっている点もかなり良い。「作家性」タイプの映画こそ、ダラダラさせるのではなくて短くまとめて濃縮したものを観客に観せるべきだと思う。

 純情で子供っぽい恋愛感情の話ではあるが、主人公は中年のおっさんである。それも、すぐにテンパったりキレてモノを破壊したりなどの精神的な問題を抱えている。この不安定なおっさん主人公を演じるのはアダム・サンドラーだが、この役柄は彼にピッタリだ(アダム・サンドラーは『再会の街で』でも精神疾患を抱えるおっさんの役をやっていたし、『マイヤーウィッツ家の人々 (改訂版)』でもすぐにキレるアダルトチャイルドのおっさんの役をやっていたし、『アンカット・ダイヤモンド』でもテンパりがちで落ち着きのないおっさんの役をやっていた)。敵役であるフィリップ・シーモア・ホフマンも、出番は少ないながら印象的だ。一方で、 ヒロインのエミリー・ワトソンは私の好みの顔立ちではないので、そこはちょっとがっかりだった。