THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『疑惑』

 

疑惑

疑惑

  • 発売日: 2017/07/28
  • メディア: Prime Video
 

 

 松本清張が原作で野村芳太郎が監督。

 富山にて若い妻と初老の夫との夫婦が乗っていた自動車が川に突っ込み、妻は車を脱出して生還したが夫は死亡した。そして、若妻(桃井かおり)は夫を保険金目当てに殺害した殺人の容疑で逮捕されて、裁判にかけられてしまう。元々の素行が悪く犯罪歴もある性悪なホステス女であるために新聞や世間は彼女が犯罪者であることを信じて疑わず、弁護士たちすらバッシングを恐れて誰も彼女を弁護しない。そんななか、国選弁護人として選ばれた女性弁護士(岩下志麻)が彼女の弁護をすることになるが…、というストーリーだ。

 

 いわゆる「法廷もの」であるが、裁判の対象となっている事件は比較的地味であるし、多くの法廷ものの醍醐味となっている"多数派の権力と少数派の正義"と言った構図もあまりない。しかし、容疑者である桃井かおりと女性弁護士の岩下志麻、この二人のキャラクターがめちゃくちゃ立っており、それだけで物語に惹き込まさせられてしまう力がある。特に桃井かおり演じる容疑者については、彼女が犯人であるか否かは映画の終盤までは観客にも知らされてないとはいえ、かなりの「悪女」であることは早々に示される。言動は下品で、自分のために他人を利用することをなんとも思っていない。ただしかなり感情的な人物であり、計算高さはない。そのために裁判においても自分に不利な証言をする証人に食ってかかったりすることで自らを不利な立場に置いたりするが、ときには証人の矛盾や思惑を鋭く見抜いて弁護士や検事たちをも出し抜く鋭さも見せる。また、自分が死刑になる可能性があると知って独房で必死に六法全書を読んで勉強するいじらしさもある。何よりも自分の魂胆を隠すことはせずに思ったことを素直に言う性格をしているし、自分をバッシングする新聞や世間に対しても悪びれずに堂々と立ち向かうなど、「悪女」でありながら妙に観客たちの共感や同情や好感を誘うキャラクター性になっている。このキャラクター作りのバランス感覚が見事と言うほかない。

 一方で岩下志麻が演じる女性弁護人は容疑者とは全く対象的なキャラクター性をしており、法曹としての正義感や責任感を備えた真面目で冷静沈着な性格でありながらも、緩急を用いた話術で証人たちの嘘や矛盾を巧妙に暴くしたたかさも兼ね備えている。また、離婚歴があるというところもポイントだ。

 お互いに正反対の容疑者と女性弁護人は水と油の関係であり、二人は最後までお互いを好き合うことはなく喧嘩別れする形になるが、共に裁判をくぐり抜けることである種の信頼関係や「戦友」意識のようなものも形成されていく。ここの感じがこの映画の最大の魅力だ。原作の小説では弁護士は男性らしいが、女性に変更していなければこの映画の魅力はかなり目減りしていただろう。また、ある種の「シスターフッド」を描きながらも、イマドキの映画のように安直に女性同士を連帯させるのではなくて最後まで打ち解けないところがいい。原作の作者も監督も男性であるとはいえ、悪女でありながら魅力的な主人公のキャラクター性には充分にリアリティも感じられる。

 また、妻に先立たれたすえに東京で出会った性悪ホステス女に骨抜きにされてしまい、「富山は田舎じゃないよ、なんでもある」と言って結婚をせがんだはいいものの、気弱な性格のために気の強い新妻と親戚との板挟みで苦しんで、最後は自動車事故で死んでしまう初老の夫(仲谷昇)のキャラクターも、かなり情けなくて哀愁を誘う存在で印象的だ。こういう人物描写の妙味はさすがの日本映画といった感じである。