THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『シリアスマン』

 

シリアスマン (字幕版)

シリアスマン (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 コーエン兄弟の作品だが、誰も殺されたりはしない(いちおう、事故によって死人は出てくるが)。妻から離婚を持ちかけられたり子供が金を盗んだり隣人とトラブルになったり教え子に成績評価の件で脅迫されたりと、とにかく不幸に逢いまくるユダヤ系の大学教授(マイケル・スタールバーグ)が主人公のお話だ。主人公がたびたびラビに相談に行ったり13歳の息子の成人式(バル・ミツワー)のシーンがクライマックスになったりと、ユダヤ教の要素が色濃い。不幸な目に会いまくるユダヤ人というところは、おそらく『ヨブ記』がモチーフになっているのだろう…と思ってググってみたら、想像以上にモロに『ヨブ記』モチーフであることが解説されていた。真面目な男である主人公が度重なる苦難の末に最後の最後で少しだけ罪を犯した途端に病気や自然災害が襲ってくる(と示唆される)終わり方の理不尽さはまさに『ヨブ記』である。

 理不尽なだけでなく、多くの観客が想像できるような生々しくてリアリティのある苦難ばっかりであるところもまた絶妙だ。特に、主人公のせいじゃない理不尽な理由による出費のためにじわじわと経済的に圧迫される描写が恐ろしい。「出費によるストレス」というものが創作物で題材にされることは意外とないので、着眼点が優れている。

 主人公のいかにも気弱で幸の薄そうな顔もいいし、何ひとつ魅力の感じられないドギツイ顔を性格をした妻、あまりにもパッとしない凡庸で情けない顔をした息子や娘たちなどにも救いがなくてよい。主人公の妻が再婚を目論んでいる、一見すると人当たりが自己中心的で図々しい男を演じるフレッド・メラメッドや、主人公の家に居候している心優しそうだが主人公とは別の意味で幸の薄そうな(そして主人公には言えない秘密を抱えている)親戚を演じるリチャード・カインドなどのキャスティングも絶妙だ。

 また、暗い話ではあるのだがあくまで「ブラックコメディ」という範疇であり、観終わった後の後味は決して悪くない。なんとも言えない奇妙な後味である。BGMの不穏さやジェファーソン・エアプレインの歌の使い方もいいし、日常を舞台にしているのにコーエン兄弟らしい不気味さや不条理さを保ち続ける独特な画面も素晴らしい。こういう、オリジナリティがありつつ面白い映画はそうそうないので貴重だ。