THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『ニューオーリンズ・トライアル』

 

 

 ニューオーリーンズで起きた銃乱射事件の犠牲者の未亡人が、犯行に使われた銃器の製造責任を追求するため、武器会社を訴える。この裁判で原告側が勝訴してしまうと銃規制の波が生じてしまうかもしれないと恐れた銃業界は、自分たちの側に都合良い投票をしてくれるように陪審員の選出や操作に長けた"陪審コンサルタント"であるランキン・フィッチ(ジーン・ハックマン)を雇う。彼に対抗する原告側の弁護士ウェンドール・ローア(ダスティン・ホフマン)は、正義感に長けており経験豊富な人物でもあるのだが、大規模なスタッフや裏稼業の人間まで使役しながら陪審員候補全員の素行調査をしたり都合の悪い陪審員を脅迫して辞退に追い込むなど、手口が悪どくて徹底しているフィッチには敵いそうにもない。しかし、裁判中に、フィッチとローアの両方のもとに「陪審員、売ります」と書かれた書類が手渡される。実は、陪審員の一人であるニコラス・イースタージョン・キューザック)はパートナーのマーリー(レイチェル・ワイズ)と組んで、内部から他の陪審員たちを操作することを企んでいたのだ。正義感の強いローアは買収の申し出を断る一方で、フィッチはニコラスとの正体を探りつつマーリーへの連絡を取るのだが…。

 

 序盤においてフィッチとそのスタッフたちが陪審員の査定をしていくシーンなどは面白かったが、「陪審員、売ります」のメモが出てきたシーンのあたりから話がちょっと荒唐無稽になり過ぎだ。後半ではフィッチ側がかなり強引な暴力行為や犯罪行為をはたらいてしまうので、そこも白ける。オチもまあ予想できる範囲のものだ。登場人物もみんな書き割り的でリアリティがなく感情移入できない。特にニコラスを除いた他の陪審員たちのキャラが薄過ぎて、ニコラスやフィッチの手玉に取られる存在としてしか描けていない点が致命的だ(いちおう最後には「みんなは自分の良心で投票した」ということにされてはいるのだが)。

 エンタメ寄りのミステリー小説が原作の映画(特に1990年代とその前後に作られた映画)って、この映画のように、最初の設定だけは特殊で魅力的なのだが中盤からは「他の作品で見たことがあるような気がするシーン」が出てきたり展開に起伏を与えるためだけの雑なサスペンス要素が出てきたりと、かなり「浅い」作品が多いような気がする。法廷ものの映画とは、余計なエンタメ要素や特殊な設定なんてなくても、原告と被告や陪審員間における意見のぶつかり合いをきちんと描けたり、悪どくで強大な被告を原告側がやっつけって正義が達成されたり、逆に罪のない被告が絶望的な状況から無罪を勝ち取ったり…と、そういう王道な展開がけっきょくいちばん充実していて楽しい映画になるものなのだ。