THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『ミスター・ルーズベルト』

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 主人公のエミリー(ノエル・ウェルズ)はコメディアンになるために地元のテキサスからロサンゼルスに引っ越して、YouTubeに自分のおもしろ動画を投稿してそれなりのインフルエンサーとはなっているもののプロのコメディアンにはなれない状態というところで、不本意な気持ちで生きている。そんななか、元カレのエリック(ニック・スーン)から地元で一緒に飼っていた猫のミスター・ルーズベルト重篤になっていると聞いて、あわてて地元に戻るが、時すでに遅く飼い猫は亡くなってしまった。貯金がなくてロサンゼルスに戻るためのチケットすら買えない始末であるエミリーが家に滞在することをエリックは許可して、エリックの新しい彼女であるセレスタ(ブリット・ノウワー )もエミリーに対して優しく寛容な態度を取るのだが、エミリーは自分も住んでいた家がセレスタによって大胆に模様替えされていたり彼女がエリックの将来の進路に口を出したりすることがことごとく気に食わない。自分がテキサスでエリックと一緒に過ごしていた時代のことが否定されたような気になるのだ。ウェイトレスとして働きつつ素人バンドでドラマーをやっているジェン(ダニエラ・ピネーダ)やその仲間のヒッピーな連中と知り合いつつも、エミリーはエリックへのやきもきやセレスタへの敵意を募らせていって、やがてそれが爆発する…。

 

 終盤にて主人公のエミリーのことを「悪人じゃない。善人だけど、生きるがヘタクソなだけ」という風に擁護してくれる登場人物はいるが、どう見ても善人ではなく、自己中心的で我がままで幼稚な性格をした人間だ。元カレの家に厚かましく滞在しておきながら今カノに嫉妬したり文句を付けたりするところとか、元カレにキスをせがんで断られたかと思ったら適当な言葉で自分を慰めてくれるゆきずりの男と性交するところとか、自分の意志で都会に出ておきながらそこで芽が出ずにくすぶっているために後悔している一方で田舎に残っている人間のことは見下しているところとか、まあ特にアメリカにはこういう人間は結構いるだろうしリアリティがあるとはいえるが、見ていて好感の抱ける人間ではない(顔も可愛らしさはあるのだが中途半端に賢しらそうで絶妙に人を苛立たせてくるタイプの顔付きである)。

 なにより、主人公に対して映画のなかの人物たちや物語全体が優し過ぎて、主人公が根本的な反省も成長もしないまま物語が終わってしまうところがいけない。この主人公と同じタイプのアホ女が「私もありのままでいいんだ!」と勘違いして増長する恐れがあるからだ。また、ここまで未熟な人間をここまで甘やかす作風は、昨今ではやはり女性監督が女性観客向けに作る作品でないと許されないだろう。幼稚な男性キャラクターをこのように肯定する作品は「都合がよい」「性差別的だ」として総スカンされてしまうからである。

 登場人物としては、エミリーのわがままの主な被害者となるセレスタが、エミリーとは対極的なしっかり者で利他的で真面目な性格の感じられる顔付きや振る舞いをしていてよかった。彼女にするなら断然こっちだ。