THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『鬼滅の刃』:総評

 

鬼滅の刃 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

鬼滅の刃 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

 

 小学生の頃から現在に至るまで週刊少年ジャンプはほぼ欠かさず読み続けており、『鬼滅の刃』も第一話から誌面で読み続けていた。

 ジャンプの感想を投稿するサイトなどでは、過去のジャンプに掲載された同作者の読み切り「肋骨さん」が漫画通にウケるタイプの作品だったこともあり、連載開始前から『鬼滅の刃』の期待度は高かったように思われる。

 いざ第一話が掲載されると、その独特の世界観や雰囲気は評価されつつも、「こんなに地味で爽快感のなさそうな話でジャンプの連載を生き残れるか?」と危惧する声が多かったようだ*1。そして、本格的なバトルが描かれる間もなく最序盤から修行シーンに突入してしまう展開になると、「地味だ」「つまらない」「これじゃあ打ち切り一直線でしょ」という声がさらに強くなっていったように思える。修行が終わった後にも小物な性格をした敵キャラたち(手鬼、沼の鬼、朱紗丸と矢琶羽)との地味な戦いが連続したことで、先行きはさらに暗くなった。

 

 実際、『鬼滅の刃』の冒頭はつまらない。この作品がアニメ化して大ブームになる直前に他人に薦めたときにも、2巻か3巻まで読んだうえで「面白くなかった」と言われることが多かった。

 しかし、鼓屋敷編が始まり主人公である炭治郎の同期の剣士である善逸と伊之助が本格的に登場することでギャグシーンが一気に増えてから、他のジャンプ連載作品にはないこの作品ならではの面白さがようやく表現されるようになった。鼓屋敷編のボス敵である響凱との戦闘でも、炭治郎という主人公が持つ特性(優しさとか前向きさとか)をこれまでよりも強調した描写がされることで、バトルシーンでも読者を惹きつけられるようになった。…そして、サブキャラが活躍しつつボスキャラと主人公との緊張感のある対決も描かれた那田蜘蛛山編は毎週楽しみにして読んでいたし、その直後に描かれる柱合会議の場面で個性の強い「柱」たちが一気に登場するシーンでも、先の展開にワクワクしたものだ。さらに、ラスボスである鬼舞辻無惨が自分の部下である下限の鬼たちを粛清してほぼ全滅させてしまう展開も衝撃的だった。このあたりで、大半のジャンプ読者にとって『鬼滅の刃』は連載陣のなかでもかなり上位の面白さを持った作品だと認識されるようになったと思える。

 ただし、私的には、この作品は柱合会議〜下限の鬼粛清あたりでこの作品の面白さは絶頂を迎えてしまった。初期に存在した「地味」という欠点は無くなったが、無限列車編以降では、別の問題点が表面化するようになったからだ。

 

 なんといっても、バトルのテンポが悪くなった。下弦の壱である魘夢や上弦の鬼はそれまでの敵キャラたちよりもずっと強大な力を持ち、主人公の同期組に「柱」を加えたチームで挑むことでようやく対等な勝負ができるかどうかというところだ。しかし、強敵単体に対して味方が複数人がかりで挑むという展開は大ボス戦やラスボス戦などでたまにやれば熱い展開になるのだが、毎度の戦闘で連続してやられるとダレてしまうものだ。

 序盤の鼓屋敷編や那田蜘蛛山編では炭治郎が戦うボス敵のほかに善逸や伊之助が戦う雑魚敵〜中ボスも用意することで、一話や数話で終わる短くてテンポの良い戦闘シーンとそれぞれのキャラの見せ場を描くことに成功していた。しかし、中盤の無限列車編や遊郭編や刀鍛冶の里編ではひとつのエピソードにつき敵キャラはせいぜい2人までであり、数人がかりで同じ敵と戦っている展開が何話もかけて続く。さらに、「鬼は首を切られたら死ぬ」という設定が逆作用して「ただ単に首を切るだけでは死なない鬼」ばかり登場することになり、本体を探す必要があったり二体の鬼の首を同時に切る必要があったり…という展開が続くのもかったるかった。

 終盤の無限城編では、上弦の壱である黒死牟戦までは、各部屋に配置されている個々の鬼に対して主人公側が1人〜2人で戦うという展開が続き、刀鍛冶の里編までにあったかったるさやテンポの悪さはだいぶマシになっていた。しかし黒死牟戦では中盤でのテンポの悪さが再び戻ってきてしまったし、それはラスボスの無惨戦でも同様だ。

 また、基本五流派と派生に分かれていながらも戦闘における個々の特質が全く定かでなくてエフェクトの違いしかもたらしていない「呼吸」をはじめとして、死に設定の数があまりにも多い。鬼の方も色々と能力を使ってくるとはいえ、その戦闘描写は「能力バトル」とは程遠い力押しなものだ。ロジカルさが全くなく結局は勢いだけで決着することが多い戦闘の展開には、バトル漫画としてどうかと思わされることが多かった。

 しかし、『鬼滅の刃』にバトル漫画としての面白さを求めること自体が筋違いでもある。この漫画のバトルパートには、物語のガワや展開を動かしたり紙幅を稼いだりするためなどの副次的な価値しか与えられていない。それよりも、個々のキャラクター(特に炭治郎という主人公の特異性)やキャラクター同士の関係性、そして非情さと優しさが両立した独特な世界観を描く方に主眼が置かれていることは明白だ。

 

 というか、いわゆる「キャラ萌え」に特化した作品であることは間違いない。味方側のキャラクターたちであっても、炭治郎と禰豆子を除くほとんどのキャラは初登場時には個性が強過ぎて極端な行動をしたり素っ頓狂な行動をするために、最初の印象は悪い。だが、コメディパートを挟んだり主人公との会話で本心が明らかになる場面を挟んだりすることで各キャラの人間らしい部分を描写して、読者が最初に抱いていた悪印象を反転させて感情移入できる存在にする…という描写が実に巧みだ。この手法自体は漫画やドラマにおいて広く使われているものではあるが、大半のキャラに対してこの手法を連発しているところがこの作品の特徴である。

 ただし、序盤に登場する伊之助や胡蝶しのぶに関しては成功していたこの手法も、終盤になるにつれて駆け足気味でなおざりなものになっていったように思える。特にラスボス戦においてようやく蛇柱のキャラクター性が描写されるところは「お話が終わる前に片付けておかなきゃな」という"残務処理"な感じがひどかったし、風柱や岩柱についても少なからず残務処理なところがあった。

 また、中盤において炎柱・煉獄杏寿郎が死亡するシーンも、煉獄が登場してから死までの間隔が浅かったために大した活躍も描かれていなければ主人公組との関係性を深める描写も描かれていないのに死亡シーンだけが重大な感動シーンのように描かれているせいで、こちらの気持ちが冷めてしまった。なんだか、他のなにかの漫画で連載当初から登場していた兄貴分のキャラクターが30巻とか40巻とかで満を辞して死亡するシーンの雰囲気とか盛り上がりとかを上辺だけ模倣してお出しされているような感じがしたのだ。

 

 終盤における黒死牟=継国厳勝の回想シーンは繊細さとネチネチさがあわさって他の漫画では見ることのないような独特な"負"の雰囲気が漂っていて、なかなか面白い読み味があった。これまでのパターンを反転させて年長者ではなく年少者ばかりが戦闘の犠牲になってしまう凄惨さもあわさり、黒死牟編はクライマックスにふさわしいクオリティになっていたと思う(バトル描写自体の単調さやつまらなさは相変わらずのものだったが)。

 黒死牟戦の後の、ラスボスのくせに長く伸ばした腕を振り回すだけな鬼舞辻無惨との最終戦は、やはりあまり出来がいいものではなかったように思える。炭治郎や柱たちの剣技よりも「薬」によって決着したという印象の方が強くなってしまう倒し方はダメだろう。倒した後にも炭治郎の精神を乗っ取る鬼舞辻無惨の生き汚さは印象的だったし、ラスボスとして桁外れな彼のキャラクター性はこの作品の強烈なオリジナリティを下支えしていたが、生に執着する鬼舞辻無惨の防御を破ったり逃走を防いだりするために「薬」頼りな展開になってしまったわけで、最終戦における爽快感を損なうという副作用があったことは否めない。

 その他、「取って付けた」としか言いようがない伊之助と童磨との間の因縁とか、青い彼岸花の処理の仕方とか、新・上弦の伍の存在とか、特に終盤になるにつれて設定や作劇の荒さが目立っていったように思える。なにかの事情で特定の巻数で終わらせることに決めたから終盤は展開を巻かざるを得なかった、という事情はあるかもしれないが、総合的に見て完成度の高い作品だと言うことは難しいだろう。

 しかし……繰り返しになるが、この作品はたぶんキャラクターと世界観だけを描写することを目的にしていた。細かい設定はどうでもよくて、個性豊かなキャラクターたちと、非情さを伴いながらも"慈しい"世界観を描写することに作者は全力を尽くしていたのだ。現代社会に"転生"したキャラクターたちの和気藹々とした日常を描いて大団円とする最終回が、それを象徴している。

 

 この漫画を象徴するシーンはもう一つあって、それは無限列車編において炭治郎の精神世界が描写される場面だ。常人の精神世界とは異なるウユニ塩湖みたいな澄み切った世界をしていて、「優しさの化身」である光る小人が存在していて、その光る小人は精神世界に侵入した部外者の心まで暖かく照らすことができて…というアレである。わたしはこのシーンを読んだときに不気味過ぎてドン引きしてしまったし、それからは主人公である炭治郎に感情移入できなくなってしまった。いまから振り返ると……このシーンを抵抗なく読めるかどうか、そしてその直後の煉獄の死亡シーンに感動できるかどうか、この二点がその後も『鬼滅の刃』にハマれるかハマれないかを分けるターニングポイントになっていたように思える。

*1:当時の感想の例

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