THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『ローマンという名の男 ー信念の行方ー』

 

ローマンという名の男 ー信念の行方ー (字幕版)

ローマンという名の男 ー信念の行方ー (字幕版)

  • 発売日: 2018/09/05
  • メディア: Prime Video
 

 

 弁護士のローマン・イズラエルESQ.(デンゼル・ワシントン)は真面目で正義感の強い人物ではあったが、その正義感があまりに強すぎるために頑固で融通の利かないところが多く、法廷に立っても裁判官の反感を買ったりしてしまうなど職務がうまく遂行できないので、友人のウィリアムと共同経営する法律事務所で裏方の仕事をしていた。

 しかし、ある日ウィリアムが心臓発作で倒れてしまう。慈善事業的な案件ばかり担当していた法律事務所は経営破綻で閉鎖して、扱っていた案件はウィリアムの元教え子であるジョージ・ピアス(コリン・ファレル)の経営する大手法律事務所に引き継がれることになった。……ローマンもピアスの事務所に引き抜きされるが、そこはウィリアムの事務所とは打って変わって利益追及ばかりを重視しており、同僚の弁護士たちも社会正義のかけらのない連中であった。イズラエル嫌気がさして、またローマンの独り善がりなやり口はすぐに問題になってピアスからもクビを宣告されてしまったので、他の職場を探し始める。その過程で善良な社会活動家のマヤ(カルメン・イジョゴ)との出会いはあったものの、新しい働き口はなかなか見つからず、追い剥ぎに襲われるという不幸も生じる。

 ついに人生に嫌気がさしたローマンは、これまで自分が守ってきた正義の信念をかなぐり捨ててしまうことにした。自分が担当していた殺人事件の被告人(彼はローマンの失策も一因となって獄中で殺害された)からリークされた、懸賞金のついていた犯罪者の居場所に関する情報を売ってしまうのだ。そして大金を手に入れたローマンは海でのバカンスを満喫した。街に戻った後にも、正義を捨てて実利的に仕事に専念するようになったおかげでピアスの法律事務所でも頭角を現していき、マヤとの関係もうまくいくようになった。……しかし、自分が彼を売ったことが獄中にいる犯罪者にバレてしまい「お前を殺すように手配している」と言われしまって、ローマンは恐怖に怯える生活を過ごすことになる。そして、自分の死期が迫っていることを覚悟したローマンは、自分の罪を反省して人生にケリをつけるために、自分自身を被告とした訴状を作成するのであった……。

 

 この映画の前半では、「正しい信念を持っていてそれを捨てないがために仕事や人間関係がうまくいかず、そのために性格も独り善がりで頑固なものになっていく」というローマンの厄介な人柄が実に丁寧に描かれている。そのぶん、後半にて道を踏み外していく彼の姿(そして終盤にて正義の心を取り戻したこと)が印象的になるというものだ。独善的なローマンの性格は苦手に思う観客も多いだろうが、わたしは、物語のキャラクターとしてはこういう人物は大好物である(実際に身近にいて欲しいとは思わないが)。

 デンゼル・ワシントンの演技はすごいものであり、この映画の価値の大半は彼の演技にあると言っても過言ではないだろう。ローマンという人物が実在感をもって感じられるのだ(特に、追ってくる車から逃げようとする運転シーンでのローマンの表情は異様な渋さがあって印象的だ)。ジョージ・ピアスも、前半は悪役かと思ったらローマンの転落に反比例してまともさや人の良さが感じられるようになっていく面白い役柄で、このキャラクターもコリン・ファレルという名優の演技に支えられている。

 善良さの象徴であるようなマヤも好感が持てるヒロインである。また、音楽の使い方も絶妙だ。話の筋自体はわりと凡庸であるし、画面の構成も一部に際立って良いシーンがあるとはいえ全体的には普通なのだが、俳優と音楽によってかなりレベルが引き上げられている作品なのである。

 

 ひとりの人間の内側における善と悪との葛藤が周りの諸々の事件や人間関係と重なっていく、という映画としては王道的な物語ではあるが、やはり考えさせられるところはある。特に法律事務所や弁護士というものは「正義」の象徴であると共に現実的には「偽善」の典型となってしまいがちな領域であるので、こういう題材にはピッタリなのだ。

 エンタメ寄りの映画作品やTVドラマだと「正義」の描き方が安直であったり「偽善」の側に開き直ったりするものが多いが、この作品はそういう安易な道にはいかずに重く苦しいテーマを描き切ろうとしている。後味の悪くなりそうな内容であるところを、エンディングシーンではローマンの正義の魂が部分的にジョージ・ピアスに受け継がれる形になり、救いを描いて爽快感のある終わり方にするところも見事だ。