THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『日本のいちばん長い日』

 

日本のいちばん長い日

日本のいちばん長い日

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 1945年の8月14日の正午から8月15日の正午までの24時間、日本の降伏を決定した御前会議とその後に発生した宮城事件、そしてポツダム宣言の受諾を知らせる玉音放送までを描いた作品だ。総理大臣の鈴木貫太郎笠智衆、阿南陸軍大臣三船敏郎、下村情報局総裁に志村喬、その他にも当時の日本映画を代表する名優が総出演している。そして2時間半もある大作だ。

 

 なにしろ2時間半もあるうえに、さすがにポツダム宣言のことは知っていても御前会議の詳細なんて知らないし宮城事件のことも不勉強ながら知らなかったので、馴染みのない情報の量がかなり多くて物語の筋を追うだけでもけっこう消耗する。固有名詞や役職名や地名もバンバン出てくるうえに、昔の映画にありがちなこととして聞き辛いセリフが多いために、字幕をつけて欲しかったところだ(DVDやBlue-rayにはない、AmazonプライムやU-NEXTなどの配信サイト特有の問題点である)。

 たとえばセリフで明治神宮という単語が出た直後に「キュウジョウ」という発音が出てきたから「えっ神宮球場のこと?」などと無用な混乱をしてしまった(「宮城」というテロップは別の場面で何度か出ていたから、これはわたしの集中力のなさも一因であるが)。特に軍隊の役職や階級に関する単語が大変だった。

 

 世評の通りの名作である。会議シーンがメインの前半と宮城事件のメインが後半とで作品の雰囲気が異なるところも興味深い。深夜12時になった場面で閣僚たちが疲れ切っているところにナレーションで「まだ半分が過ぎたばかりである」という旨のセリフが入るシーンは観客の視聴体験ともオーバーラップするメタ的な面白さもあったと思う。基本的には静的な題材を描いているはずの作品であるが地味さは全くないし、ところどころでアクションや流血などの刺激を入れてくる上手さもさすがである。群像劇としての面白さも、もちろん一級品だ。映画的な展開の面白さは後半の方にあるはずだが、いまとなっては前半の会議シーンの方が観客に与える印象は強いかもしれない(噂通り『シン・ゴジラ』っぽい雰囲気だし)。

 

 ここまで完成度の高い作品であると、逆に感想が書きづらくなるというものだ。登場人物たちは実在の人物であるうえに日本の降伏とか軍隊とかのかなりセンシティブな話題が関わってくるために、あのキャラが良かったとかこのキャラは好きじゃなかったという風に論評することも難しい。

 笠智衆三船敏郎志村喬も、寅さんや黒澤映画で見かけるいつもの彼らのイメージ通りの役柄であったために、実在の閣僚たちがこんな好々爺だったりカリスマ性が高そうな格好いいおっさんだったりしたはずがないだろう、という気はしなくもない。そういう点でも、「戦争指導者を英雄視している」という批判を避けられない作品ではあるだろう。

 閣僚たちは誰しもが知る名俳優たちが揃っており個性も強い一方で、宮城事件を起こす軍人たちはみな純粋で真摯で真面目ではあるが頑固で粗暴で頭のまわらない人たちであり、髪型がみんな同じということもあって、判別がつかない場面も多かった。しかし、これはこれで、閣僚と軍人を対比させる意図的な演出であるかもしれない。

 また、放送協会の関係者たちや宮城の侍従たちも妙にキャラが立っていて印象に残るところだ。

 

 個々のシーンとしては、この映画で唯一の他殺シーンである森赳師団等の殺害シーンはもちろんのこと、侍従が軍人たちに物申すシーンや、終盤で下村情報局総裁が「日本帝国のお葬式」と語るシーンなどが印象的だ。

 前半の会議場面は、個々のシーンやセリフが印象的というよりかは全体的な雰囲気の独特さが記憶に残るという感じである。昭和天皇の描き方も製作陣が苦心している感じが伝わって面白かった。

 また、最後の最後で戦死者や被災者の数がテロップで表示されるシーンは、2時間半にわたる重苦しく濃密な物語の後だからこそ、より一層心に響くところがある。

 

 社会人が退勤後に見たりするにはちょっとカロリーが高過ぎる映画であることは否めないが、休日などにしっかり腰を据えて見るぶんにはおすすめだ。私はあまり長尺の映画は好きではないのだが、この映画は長尺であるからこそ価値が出ているタイプの作品であるだろう。