THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『おとなの事情、こどもの事情』

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 ニューヨークのブルックリンに住んでいた、料理批評家であり著作もあるアフリカ系の夫(ネルサン・エリス)とフェミニズム理論に基づいた作品を制作する芸術学者(メラニー・リンスキー)といういかにもインテリな夫妻が、キャリアの事情でワシントン州にあるローマという名の田舎町に引っ越す。田舎町なだけあってアフリカ系の住民はほとんど皆無だし、二人の間のひとり息子であるクラーク(アルマーニ・ジャクソン)のこともあって少し不安だった夫妻だが、逆にクラークは「町では珍しい黒人だから」という理由で近所の女の子たちから人気が出る。しかし、その女の子たちは性的なラップやダンスが好きという悪い趣味も持っており、クラークも女の子たちの趣味に影響されてしまう。息子が突如として性的な要素のある文化に関心を持つようになったことにフェミニストである母親は戸惑うが、クラークと女の子との関係はエスカレートして、ついに遊び半分に子ども同士が裸で触れ合うという事件が起きて…。

 

 ニューヨークに慣れ親しんだ知的上流階級が無教養な田舎者に苦労させられる、というアメリカ映画ではよくあるタイプのお話だ(知的上流階級なんてアメリカ国民でも一握りのはずだが、よくこんなお話が大量に作られて市場が成立するほどに観客がいるものである)。とはいえ、単純に田舎者が悪く描かれているわけではなく、カルチャーギャップによるすれ違いによる事故的なトラブルが描かれているという描き方である。……とはいえ、露骨で悪質なものではないがマイクロアグレッション的な無意識の「差別」はしっかりと描写されており、ここのリアルをウリにした作品であるのだろう。

 自分から田舎に引っ越しておいて周りを見下しておきながらちょっと嫌なことがあったら被害者ぶる父親のキャラクターはあまり好感が抱けるものではないし、子育てにフェミニズム的思想を持ち込んで過保護になってしまったり「無教養な家の子とは付き合うな」と言外に伝えたりしてしまう母親も子どもの立場からしたらたまったものではないだろう。ただし、このキャラクター描写もおそらく「リアルさ」や登場人物の実在感を演出するための意図的なものであるだろう。……田舎に引っ越してきたインテリ夫妻、という点ではわたしの両親にかなり似ているし(わたしの両親はアメリカではなく日本の田舎に引っ越してきたわけだが)、この映画における夫妻のセリフや行動のいくつかはたしかに「あるある」だった。田舎の大学における女性教授陣の連帯感の描写も「いかにも」という感じである。

 

 とはいえ、リアルだからと言って面白い作品になっているわけではない。描かれるマイクロアグレッションはなんだか教科書的なお手本のようなものであるし、おとなとこどもの"事情"のすれ違いとか本音と建前の差の描写なども、薄味で小ぢんまりとし過ぎているのだ。感情が動かされるようなストーリー展開はまったく存在しておらず、大学の授業とかオリエンテーションとかで見させられるような"学習教材"という雰囲気が漂う作品である。