THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『ゴッドファーザー』

 

ゴッド・ファーザー (字幕版)

ゴッド・ファーザー (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 映画というものを本格的に観始めた18歳のときにDVDで観て感心して、その翌年に映画館のリバイバル上映で改めて観て感動した作品だ。今回は12年ぶり3度目の視聴であるが、相変わらずめっぽうに面白い。3時間もある作品だが無駄に感じられるシーンがひとつもなくて、ずっと画面に釘付けになるのだ。若い頃に観て感動した昔の作品であっても、いま改めて観ると色々とダレるところがあってキツいということが多いのだが、この作品はそういうことがない。わたしの中では『ダーティハリー』と並んで金字塔的な作品になっている(『ダーティハリー』は人を選ぶところがある一方で、この作品は映画オールタイムベストランキングでも常連であるが)。

 20歳の頃に原作小説も読んでいるし、公式同人である「ゴッドファーザーリターンズ」も読んだ。英語版の原書にもトライした記憶があるが、こちらは途中で挫折してしまった。

 

 ヴィトー(マーロン・ブランド)の貫禄ももちろんのことだが、父親の襲撃事件をきっかけとしてマフィアとして生きる覚悟を決めて"覚醒"するマイケル・コルレオーネ(アル・パチーノ)は、魅力のある主人公であると同時に恐ろしい悪役でもある。改めて観ると覚醒してからの活躍が凄まじすぎて、ちょっと「なろう系」主人公な趣もあるほどだ。原作小説では五大ファミリーのボスのうちタッタリアとバルジーにしか始末していなかったところを、映画版では明確な敵対関係になかった他の二ファミリーのボスたちも始末してしまうわけだが、これはクライマックスシーンの映画的な見栄えを優先しただけでなく、原作小説ではまだしも感情移入の余地が残っていたのに対して映画版ではマイケルが冷酷で悪辣な人間に変わってしまったことを強調する形になっているのだろう。……しかし、「古き良き時代」を象徴していたヴィトーに比べると、マイケルは強面が過ぎる気もする。葬儀屋とかパン屋とかが彼に頼み事をしたがるとはとても思えない。

 成り行き上仕方なかったこととはいえ恋人のケイ(ダイアン・キートン)を置いてシチリア島に渡って現地の女性と結婚しておきながら、その女性が殺害されると素知らぬ顔でケイのもとに戻って求婚する、という外道っぷりもなかなかのものだ。また、主要人物のなかではほぼ唯一のカタギであるケイは、出番は少ないながらも存在感が強くて重要なキャラクターとなっている。

 マイケルに比べると、マイケルの兄のソニージェームズ・カーン)やフレド(ジョン・カザール)は欠点が目立って、父親から「後を継ぐ器ではない」と見なされてしまう情けないキャラクターとなっている。ソニーはまだしもファンがいてもおかしくない魅力を持ってはいるが、フレドはかなりかわいそうなポジションになっているところだ(続編ではさらに酷いことになる)。また、ヴィトーが保守的な倫理観を持っているのに対してソニーもフレドも性にだらしないところは、いかにも甘やかされて育ってきた子供たちという感じだ。ひとり大学に行ったり戦争に行ったりして実績と能力を身につけてきたマイケルは兄弟のなかでも浮いた存在であるし、マフィア稼業のことを抜きにしても兄たちとの関係はそんなに良くなかったんだろうなという気がする。

 養子でありいぶし銀の活躍を見せるトム(ロバート・デヴァル)は、ヴィトーに次いで早々にマイケルの才覚を見抜くほどの鋭さがあり冷静で気の利く存在である一方で、武闘派ではないことから生じる消極性などの弱点も見え隠れるする、バランスの取れたキャラクターだ。トムがいちばん好き、という人も多いだろう。そして、そのトムからは裏切り者とあらぬ疑いをかけられてしまうクレメンザ(リチャード・カステラーノ)もいいキャラクターをしている。ただし、実際の裏切り者であるテシオ(エイブ・ヴィゴダ)の出番はもう少し欲しかったところだ。

 

 どのシーンも構図や撮影方法が凝っている作品であるが、いまから見ると、カルロ(ジャンニ・ルッソ)がソニーに暴行されるシーンと、そしてカルロがコニー(タリア・シャイア)にDVを行うシーンは流血などは描かれていないがその暴力の度合いが凄まじく、そしてどちらのシーンもやたらと長いので、妙に印象に残る。

 

 この作品が好きなのでその後も「マフィアもの」映画は積極的に見てきたわけだが、『ゴッドファーザー』のような作品はなかなかない。そもそもボスではなく底辺のチンピラについて描いた作品の方が多いし、マフィアの大半は妻をないがしろにして愛人とかを囲ったりするので「家族」をテーマにできる作品もなかなかない。時代が現代に近づくにつれて殺伐としていき血も涙もない世界になっていくので、『ゴッドファーザー』にあるような感傷や自己陶酔を描く余地もなくなっていく。そういう点では、単なるマフィアものではない、もっと普遍的な魅力を持った作品であると見なすべきなのだろう。