THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『イングリッド:ネットストーカーの女』

 

イングリッド ─ネットストーカーの女─(字幕版)

イングリッド ─ネットストーカーの女─(字幕版)

  • 発売日: 2018/05/09
  • メディア: Prime Video
 

 

 友人が結婚式の写真をInstagramに挙げているのを見て自分が呼ばれていないことへの嫉妬に狂って結婚式に乗り込んで友人の顔面に催涙スプレーを吹き付けるようなイカレ女のイングリッド・ソーバーン(オーブリー・プラザ)。精神的病院で治療を受けたイングリッドは、知り合いの多い地元で肩身の狭い生活を送っていた。しかし、ある日に雑誌で見かけたインフルエンサーのテイラー(エリザベス・オルセン)に憧れて、テイラーの住むロサンゼルスまで引っ越してしまい、テイラーの真似をしつつテイラーの情報を嗅ぎつけてストーキングをする生活を送りはじめる。そして、テイラーの飼い犬を誘拐した後に素知らぬ顔で「見付けました」という策略をとって、テイラーやその夫との親交を持つことにも成功した。

 テイラーとは親友になり、大家である脚本家志望の青年ダン・ピント(オシェア・ジャクソン・Jr )とも恋人になったイングリッドは、順風満帆の生活を過ごせているように見えた。しかし、テイラーの兄である俗物な青年、ニッキー(ビリー・マグヌッセン)の登場により歯車が狂い出す。テイラーは他のインフルエンサーと仲良くしだしてイングリッドをのけ者にしはじめるし、イングリッドはテイラーの一見おしゃれな振る舞いはハリボテであることを見抜きはじめていた。そして、ニッキーはイングリッドスマホを拾い、彼女がテイラーをストーキングしている証拠を掴んでしまう。そして、ニッキーは「姉にバラされたくなかったら金をよこせ」とイングリッドを脅迫したのだ。イングリッドは偽装工作を行って「ニッキーに暴行された」とダンを焚き付けて、二人でニッキーを誘拐して痛めつけようとするが…。

 

 タイトルから『ザ・ルームメイト』のようなレズ風味のサイコサスペンスを予想していたが、ホラーやサスペンスではなくて現代のSNS文化を風刺したシニカルなブラックコメディ、という感じだ。基本的にイングリッドの主観で物語が進むうえに、イングリッドは計画に抜けやスキが多いし自分ではたいした暴力がはたらけないしと弱々しい。共感が抱けるような主人公ではないが、彼女がテイラーの振る舞いを真似するところやテイラーと仲良くなるところは活き活きと明るく描かれていて妙に応援したくなるし、彼女のストーキング行為が全てバレて転落して孤独になる描写には哀れみを抱かさせられる。テイラーと調子を合わせていても暗さや神経質さが隠しきれない、微妙な塩梅の演技をこなしているオーブリー・プラザも見事なものだ。

 テイラーは「イングリッドのストーカーの対象」という以上の役割を持たない書き割り的なキャラクターだが、知的過ぎないエリザベス・オルセンはちょうどいいキャスティングであるだろう。

 また、脇役ながらも『バットマン』が大好きという濃い設定がなんども活かされるダン・ピントは、イングリッドと並んで印象に残るキャラクターとなっている。多かれ少なかれSNSや消費文化に狂っている他のキャラクターたちからは一歩引いた立場に生きており(『バットマン』好きという設定も彼が孤児であることに由来する真摯なものだ)、この映画における善性を体現するキャラクターであるのだ。自分の車を借りておきながら丸一日連絡をよこさないイングリッドのことを彼が本気で心配するシーンは心暖まるものだ。皮肉や風刺やブラックコメディをウリとする作品であっても、こういうシーンがあるかないかで作品の深みや印象が格段と変わったりするものである。

 イングリッドは一見すると華やかな生活を送っているが服のレパートリーが異常に少なかったり、テイラーは読んでもいない本の単語を誇らしげに用いたり、テイラーの夫は妻のSNS狂いに嫌気が差しているが本人も浅薄な芸術家気取りであったり、ニッキーはウザいだけでなく考えなしのレイシストであったりと、登場人物の愚かさや浅薄さの描写はツボを抑えたものだ。特に、イングリッドとテイラーが「インスタ映え」する写真を撮るために初対面のガソリンスタンドのおじさんをこき使うところは、テイラーの恥のなさの描写も際立っており、この映画のなかでも随一の名シーンであるだろう。

 SNSインフルエンサー批判といってもTwitterとかではなくInstagramが対象となっているので、ちょっと「アホ女」を揶揄するミソジニーな作品になっている感じはするのだが、まあストーキングものは女が女をストーキングしないと華やかさが足りないというところがあるので仕方がないかもしれない。

 オチもちょっと露骨ではあるが「現代の寓話」という感じで皮肉が効いている。けっして大した作品ではないのだが、キャラクター描写は優れているしブラックコメディの塩梅もちょうど良くて、なかなかの佳作になっているのだ。