THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『千と千尋の神隠し』

 

千と千尋の神隠し [DVD]

千と千尋の神隠し [DVD]

  • 発売日: 2014/07/16
  • メディア: DVD
 

 

 なんか映画館でふつうの映画よりも安く上映していたので観にいった。公開当時の2001年にわたしは小学生だったが母親に連れていかれて観にいって、その後にテレビ放送やDVDなどで再視聴したこともないので、およそ20年ぶりの鑑賞だ。

 

 もうすこしホラー要素や暗さが強調された物語なイメージがあったのだが、怖いのは序盤で異界に迷い込むところと両親が豚になるところまでであり、湯婆婆に名前を奪われて湯屋で働き出すところからは終始明るい物語となる。「バケモノの世界に人間がひとり迷いこんで働かせられる」という設定だからもうちょっといじめられたり孤立したするシーンが長いと思っていたのだが、そんなこともなく、千はすぐに湯屋に溶け込んで成果を出すのであった(その直後にカオナシを引き入れた件で怒られてしまい湯屋にはいれなくなってしまうが)。また、坊が銭婆婆に魔法をかけられてネズミになってからの姿や、湯屋に来る鳥の姿をした神様や鬼の姿をした神様たちなどは「マスコット」感が露骨である。ハクだっていかにも女性が好みそうな漫画的なキャラクターだ(口調といい『鬼滅の刃』に出てきそうな感じがする)。なんというか、もう少し芸術性に寄った作品なイメージを抱いていたのだが、そうではなくてがっつりエンタメ寄りな作品であった。世界観が和風なだけで、カラフルで豊富な舞台やキャラクターたちはディズニーアニメに近い感じもする。

 

 とはいえ、大人になってから観てみて気付かされるのは、やはり、「性的」な要素の強さだろう。舞台となる湯屋や、「両親がいなくなってしまったいたいけな少女が、源氏名を付けられて半強制的に労働させられる」という設定などはどう見ても風俗施設(遊郭)のメタファーである(「回春」という文字が堂々と書かれているし)。湯女たちは顔貌は美しくないが身体つきがやたらと艶かしいし、湯屋を訪れる神様は男性ばかりだ。カオナシが金で女(千)を買おうとするところも関係しているかもしれない。

 モチーフやメタファーだとしても、少女が主人公の物語で「風俗施設」を全面に出すことは、ディズニーには到底できない業であるだろう。そうでなくても、年端のいかない少女である千がやたらと性的に描かれるシーンが目立つ(背中丸出しな湯屋の寝間着を着ているシーンなど。ディズニー映画であってもたとえば『塔の上のラプンツェル』などにはヒロインに性的な魅力が感じられたが、あくまで健康的で陽的なエロさであって、ジブリ作品のようなフェティシズム丸出しの湿っぽいエロさではない)。

外資系プラットフォームでは各国の政治的事情やポリティカル・コレクトネスのコードで表現が規制されるから、日本では表現の規制なく自由に漫画やアニメを発表できることをウリにしたプラットフォームをつくるべきだという意見を最近ではよく見かけるが、たしかに、「少女性愛」の要素が陰に陽に出ているジブリ作品はいくら「名作」であっても排除されてしまう未来がくるかもしれない。ただまあ、『千と千尋の神隠し』はその性的要素のせいで観ていて居心地の悪さや罪悪感を抱かさせられることはたしかだし、子ども向けの作品にドヤ顔で性的要素のメタファーを出すのも趣味が悪いと思うし、そもそも21世紀の日本映画の問題点のひとつが才能ある人たちが安直なエログロにはしることでもあるので、どうだろう……という感じである。

 

千と千尋の神隠し』に話を戻すと、カラフルで賑やかな湯屋のシーンもいいが、印象に残るのは異界に迷い込む前に千尋と両親がトンネルを発見するシーン、そして海の上をはしる列車のシーンであるだろう。切なさや寂しさが感じられる、ジュブナイルっぽい絵面が実にいい。

 また、序盤に車内でふてくされている間は仏頂面だが、湯屋ではたらくようになってから活き活きと表情豊かになる千尋の描き方も素晴らしい。腐れ神の匂いを嗅いで鳥肌が立つシーンやハクからもらったおにぎりを食べながら涙をこぼすシーンなどの作画はすごくて、これはジブリの本領発揮という感じがする。

 一方で、神話的で象徴的なストーリーや設定になっているために、千尋以外のキャラクターに人間味があまり感じられない(そもそも人間じゃないのだが)ところはマイナスだ。釜爺とリンだけは優しくて人情味豊かで好感が抱けるが、カオナシ関連や銭婆婆・湯婆婆が登場するシーンなどはいかにも設定ありきなキャラクターという感じであまり好きになれなかった。

 

 しかし映像も音楽も実に良くて、これぞ映画館で観るべき映画だという気がする。「コロナ騒動で新作がないからってジブリを再上映するとは安直だなあ」と思っていたが、ディズニーアニメはCGばっかりなせいで映像面の賞味期限が短くて、たとえば『アナと雪の女王』『ズートピア』なんかをいまさら劇場で観る意義は感じられないのだが、この頃までのジブリ作品には普遍的な良さがある。

 なにより、小学生の頃に劇場で見た思い出があるぶん、ノスタルジーが感じられてよかった。そういえば小学生の頃は千尋カオナシたちが銭婆婆の家にたどり着いた会話シーンのあたりで寝てしまった記憶があるのだが、改めて観てみてもあのシーンは中弛み感がある。その直後の、千尋とハクが空中でおでこを合わせるシーンはやはり感動的であったが…。