THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『インセプション』:チームワーク映画の皮を被った純愛映画?

 

インセプション (字幕版)

インセプション (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 iMAXで上映中なので、TOHOシネマズ新宿で鑑賞。2010年の公開当時に見に行ったきりだから、ちょうど10年ぶりだ。しかし、映像がウリのこの作品ではあるが『ダークナイト』『ダンケルク』と違ってiMAXカメラを用いて撮影されているわけではないので、スクリーンがデカくなったり音響がすごくなったりするとはいえ映画体験としての特別さには欠ける。+600円の価値があるかどうかは微妙なところだ。まあTOHOシネマズデイでどのみち安くなっていたからいいんだけれど。

 

「夢」に「夢の中の夢」、さらには「夢の中の夢の中の夢」とか「夢の中の夢の中の夢の中の夢」と言う時間軸が並行した多層的な構造、夢の中に隠された秘密を奪うエクストラクションではなくアイデアを植え付けるインセプションという目的、呆気にとられるような冒頭シーンに思わぬところでつながる展開……などなどの複雑な要素がてんこ盛りな作品であるために、初見のときには、面白くは感じられてもストーリーをちゃんと把握していなかったような記憶がある。特に、夢か現実かわからなくて不安にさせるようなラストシーンの印象が強く、鑑賞後には友人と「でもあれってコマが止まりかけていたから現実だよね?」ということばっかり話していて、そのせいで途中の展開を忘れてしまった感があったのだ。

 しかし、オチを理解した状態で改めて見てみると、良くも悪くも独特であり歪なところも多い映画であることが理解できた。

 

 たとえば、エクストラクションではなくインセプションという目的に設定したことは、「ターゲットである御曹司のロバート(キリアン・マーフィー)の精神の奥の奥まで入り込まなければいけない」という動機付けやミッションの難しさを強調する役割は果たしているものの、直感的なわかりやすさを減らす作用も生じていると思う。「心の奥底にある秘密を奪う」という目的の方が、ゴールである目標物が明確になって、よりシンプルで燃える展開になると思うのだ。それでなくとも構造が複雑な作品なんだから、ここはシンプルなものにしたほうがよかったような気がする(後述する、主人公のトラウマにも"インセプション"という概念が関わってはいるのだが……)。

 CGを全面に使ったシーンにはさすがに10年前という技術の限界を感じるところもあるが、無重量状態になったホテルでアーサー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)が孤軍奮闘するシーンでは実際にセットを傾けさせる荒技が用いられているおかげでいまでも唯一無二な映像になっている。しかし、ロバートの夢のなかに入ってからのアクションシーンそのものに、いまいち興味が惹かれないところはある。障害となる敵たちは、基本的には「ロバートの無意識」という無機質な存在であることが大きい。無重力状態でショックを与えて目覚めさせる「キック」を行うためにアーサーが苦心するところも、緊迫感よりもシュールさが先立つかたちになっている。

 なにより、主人公であるコブ(レオナルド・ディカプリオ)が亡き妻であるモル(マリオン・コティヤール)の投影を他人の夢に持ち込んだり、モルに関する諸々の秘密を相棒であるアーサーにも打ち明けずアリアドネエレン・ペイジ)にしか知らせなかったり(そのせいで仲間が列車に轢かれそうになったりするし)、さらには「今回は強力な鎮静剤を使っているので、夢のなかで死ぬと現実世界でもそのまま目覚めない可能性が高い」という重大な事実をミッションが始まってから仲間に知らせたりと、作中におけるトラブルの原因の大半が主人公にあるところが独特だ。普通の設定の作品なら主人公のワガママさや自己中心性が目立ってしまい、観客からのヘイトを買ってしまって作品の面白さに重大な影響を与えてしまうところだろう。作中のミッションにおける最大の障害であるモル自体がコブの持ち込んだ投影であることを考えると、緊迫感のある危機描写にもマッチポンプという感じがつきまとってしまう。

 ……だが、あまりにも複雑な構造であるためにストーリーに追いつくのが精一杯で「あれ、どれもこれも主人公が悪いんじゃないの?」という事実にまで観客の考えが至らないことや、そしてレオナルド・ディカプリオというハリウッド俳優のなかでもいまだにトップクラスのカリスマ性を保ち続けている役者の人徳のおかげで、主人公の問題点をあまり気にせずに作中のストーリーに没頭できるようになっている。本来なら作劇の瑕疵となる部分が、異様に複雑なSF設定と豪華キャストというこの作品ならではの特徴によって目立たなくされているのだ。これはなかなかの離れ業であると思う。

 

 そして、実は、「ロバートの夢に入り込んでインセプションする」という作中のメインのミッションは、ストーリーとしては重要な部分ではなかったりする。この作品で描かれるお話は、亡き妻モルとの思い出や、モルに関するトラウマにコブがケリをつけるための物語なのだ。

 そのため、個性豊かなメンツが揃ってチームになって挑むミッションであるにも関わらず、ミッション終了後の空港のシーンでは仲間たちにはレンズのピントすら合わされない。そのままコブが子供たちの元まで戻るシーンが描かれて、そしてあの「まだ夢の中かもしれない」と観客を不安にさせるコマのアップが映されて終わり……となるのだ。

 とはいえ、途中まではどう見ても「チームワーク映画」な作品として描かれていることもたしかだ。イームス(トム・ハーディ)やユスフ(ディリープ・ラオ)などを仲間に加えるためにわざわざ危険を冒してまで海外にスカウトに行くシーンもあるし、いかにも相棒キャラ感が満載なアーサーや、素人でありながらミッションに加わるサイトー(渡辺謙)の異様なキャラの濃さにも注意がいってしまう。この作品がコブの「個人的」な物語であることが本格化するのは、中盤にて、ミッションの前夜にコブの夢のなかにアリアドネがお邪魔するシーンになってからだ。

 そして、コブのトラウマが癒されること、そのトラウマの原因となったモルとのロマンスなどがこの作品の重大な要素となっており、テーマとなっている感もある。要するに、そのまま描くと凡庸なものになってしまいかねない恋愛や悲劇を、SF的な設定と特殊な構造をふんだんに用いることでそれと知られることなく描いてしまっている作品であるのだ。

 SFと恋愛は昔から相性がいいものであるし、「純愛SF」はもはや一つのジャンルにすらなっている感があるが、この作品は「純愛SF」であることがほとんど知られることないま大ヒットしているところが異質であるのだろう。描かれている恋愛観はかなりロマンティックなものであり甘ったるいくらいだが、ノーランらしいダークでソリッドな作風のおかげでその甘ったるさも全く目立っていない。

 とはいえ、個人の私的なトラウマやロマンスがテーマとなっているために、『ダンケルク』や『ダークナイト』にあったような道徳的なテーマは感じられない。作中の倫理観はけっこうガバガバだし、ロバートに偽のアイデアを植え付けるという主人公チームの行為は冷静に考えたらなかなかひどい。ここも普通の映画だったら気になるところであるが、この作品の特殊性のために「まあいっか」となるところがさすがだ。

 

 そのほか、改めて劇場で見て気付かされたこととして、脇役たちの魅力がある。ここはやはり「チームワーク映画」(の皮を被った映画)ならではの良さであるだろう。

 たとえば、公開当時は『(500)日のサマー』を観たばっかりなこともあってジョセフ・ゴードン=レヴィットにばかり注目していたが、いま見ると渡辺謙トム・ハーディが作中の役柄として俳優としての演技も実に良かった。トム・ハーディはゴツくて大柄なくせに目がつぶらで唇がプリッとして妙に女性的であり、『ダークナイト:ライジング』でベインを演じていたときにはその可愛らしさがちょっと邪魔していた気がするのだが(おどろおどろしいマスクをつけているぶん、目のつぶらさが目立っていた)、イームスのような茶目っ気のあるキャラクターを演じると実にちょうどいい。

 マリオン・コティヤールも、目力が強くてエキゾチックな外見からくる「魔女」っぽさがこの映画における彼女の役柄にぴったりだ。包丁や割れたグラスを持ってコブやアリアドネに迫るシーンにはホラー映画顔負けの恐ろしさがある。妖艶さや大人っぽさだけなく、不安定さや危険さもちゃんと出ているのだ。対するアリアドネを演じるエレン・ペイジは清楚さや清潔さや安定感や無害さが全面に出ている感じであり、なかなかいい対比になっている。

 渡辺謙が演じるサイトーも、大作ハリウッド映画における日本人キャラクターとしては破格の扱いであると思う。夢の世界では早々に胸を撃たれてしまい死にそうになってお荷物的な存在になってしまうが、門外漢である彼がミッションに加わることで夢の世界のルールをキャラクターが口頭で説明する理由ができるし、現実世界の方で飛行機会社を丸々買い取るなどの有能さを発揮してくれるのでバランスが取れているとも言える。冒頭から登場して驚き役や説明役としての役割を全うして観客を作品に橋渡ししてくれるキャラクターであるし、ラストシーン直前の捻った展開にもつながってくる。新幹線とか週刊少年ジャンプとか、"日本的"な要素を表現する小物の使い方もなかなか嬉しいところだ。すくなくとも、『ゴジラ:キング・オブ・モンスターズ』なんかよりもずっと真面目に日本をリスペクトしてくれていることが感じられる作品だと思う。