THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『パブリック:図書館の奇跡』

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 エミリオ・エステベスの監督兼主演作品。

 オハイオ州シンシナティの図書館職員の主人公(エミリオ・エステベス)は、トイレや水道を利用したり暖をとるために図書館を利用したりしているホームレスたち(リチャード・T・ジョーンズ、マイケル・ケネス・ウィリアムズなど)と友好な関係を築いていた。しかし、ある日の夜に大寒波が訪れる。前日にもホームレスの間に凍死者が出たこと、そして市が用意しているシェルターが満杯なこともあって、ホームレスたちは図書館をシェルターとして一晩利用させろと要求し、図書館を占拠してしまった。そして、主人公もホームレスたちの図書館占拠に協力するのであった……。

 家出した息子がホームレスである交渉人の刑事(アレック・ボールドウィン)、市長選挙のイメージアップのために事件に対して断固たる措置をとりたい検察官(クリスチャン・スレーター)、部下である主人公と刑事や検察官との板挟みで苦心する図書館長(ジェフリー・ライト)、主人公の同僚で文学好きでありリベラルだが本格的なデモ活動とかやったことがなくてあたふたする女性職員(ジェナ・マローン)、主人公と同じアパートに住む恋仲になりかけな女性(テイラー・シリング)、事件をセンセーショナルに報道して視聴率を稼ぎたいニュースレポーター(ガブリエル・ユニオン)、気のいい警備員(ジェイコブ・バルガス)などなど、様々な人物の立場と思惑が絡みながらも夜は更けていき、占拠された図書館の内側でも外側でもいろんなトラブルが起きて……。

 

 予告編をなんとなく観たときには「悪臭問題に絡めながら、図書館にホームレスを受け入れることは"図書館の正式な利用と言えるのか?"どうかみたいなジレンマが取り上げられるのかな」と予想していたが、そのジレンマは全く存在せず、開館中の図書館をホームレスを利用することは全く問題ない、という点が前提とされていることがなかなか衝撃的だった。日本では、わたしも含めて「図書館とホームレス」と言えばまず「悪臭問題」を想起する人が多いだろうから、文化や"進歩"の度合いの違いを感じる*1。図書館は「公共」の場であるのだからそれをホームレスが利用することはもちろんOKだし、悪臭などを理由にして拒んだ方が人権侵害で訴訟沙汰になる、ということが当たり前とされているのだ。

 そのうえで、ホームレスが泊まれるシェルターを充分に用意しない行政の不作為に対する市民的不服従として図書館を占拠すること、の是非を問う(というか市民的不服従を肯定する)作品である。ヘンリー・ソローやフレデリック・ダグラスの肖像が描かれた垂れ幕が強調されているシーンからも、この作品のテーマが「市民的不服従」にあることは明白だろう。

 また、タイトル通り"公共図書館"の意義もテーマとされているし、図書館や本や読書というものに本質的に含まれる民主主義性、みたいなものも意図されているはずだ。

 占拠デモが起こる前の、利用者からの様々な質問に答えるリファレンス業務やホームレスとの交流を描く図書館職員たちの日常パートも楽しい。

 ただし、ちょっと要素が多すぎてとっ散らかっていることは否めない。「読書→本→図書館→公共→民主主義→市民的不服従」というつながりが上手く描けているかどうかは微妙なところだ。後半の部分を強調し過ぎていて、前半の部分の描き方がおざなりになっているきらいがある。

 また、全体的に"予定調和"という感じが強い。状況的には緊迫しているはずなのに、占拠デモのパートが長くてダラダラしていることや"悪人を描かない"という作劇面や人物描写面での誠実さが災いして、緊張感に欠ける仕上がりになっている。検察官に市長選で対立している牧師とその支持者が物資を差し入れに来るところは、もっと感動的なシーンにすることもできただろうに、取って付けたような締まりのない仕上がりになっている。悪徳レポーターが急に改心したような爽やかな笑顔をするシーンも「はあ?」と思ったし、せっかくアレックス・ボールドウィンを採用しているのに彼と息子のエピソードはしょうもない。

 後半になるにつれて主人公の犯罪歴や「彼も過去にはホームレスだった」ということが明かされていく点もむしろマイナスであり、あくまで本や図書館を通じて理念としての民主主義を信奉しておりホームレスに対する共感と想像力も読書を通じて養った、というキャラクターにした方が作品のテーマを描くうえではよかっただろう。

 どのキャラクターも魅力的だが、キャラクターが多過ぎて誰についてもきちんと描き切れていない。冒頭に登場する「図書館で全裸になって歌う男性」が伏線になったクライマックスのシーンも、言っちゃ悪いがかなりスベっている。

 

 テーマも俳優も優れていて、脚本がもっと優れていれば名作になる可能性も高かったであろうから、それだけに"惜しい"出来の作品だ。これに限らず、図書館をテーマとした映画はもっと見てみたいものだと思った。