THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『イエスタデイ』

 

イエスタデイ (字幕版)

イエスタデイ (字幕版)

  • 発売日: 2020/04/08
  • メディア: Prime Video
 

 

 音楽教師の職を辞めてイギリスの小さな町のディスカウントストアで働きながら冴えないミュージシャンをやっているジャック(ヒメーシュ・パテル)は、ある奇妙な停電が起こった夜にバスに轢かれてしまう。退院したジャックが幼なじみのエリー(リリー・ジェームズ)や悪友のロッキー(ジョエル・フライ)の前でビートルズの「イエスタデイ」を演奏してみると、友人たちはまるで初めて「イエスタデイ」を聴いたかのように感動する。当初は友人たちにからかわれているかと思ったジャックであったが、彼が家に帰って調べてみるとレコードの棚からビートルズのアルバムだけは消えていて、それどころかGoogleで調べてもヒットしない。なんと、ジャックがバスに轢かれた夜に、世界の歴史が改変されてビートルズ(とコカ・コーラとシガレットとハリー・ポッター)の存在が消えてしまった。

 ジャックはビートルズの数々の名曲を自分のものとして演奏して、その音楽に注目したエド・シーラン(本人役)や敏腕悪徳マネージャーのデブラ(ケイト・マッキノン)の力を借りて一躍スターダムを駆け上がる。しかし、ジャックが自分のもとを離れて遠いところに行ってしまったことにエリーは悲しみ、二人の関係はギクシャクする。さらに、ビートルズの存在を知っている人間が実はジャック以外にもいたことが判明して……。

 

 いわゆる「異世界転生もの」的なキャッチーな設定であり、出だしはなかなか面白い。平凡な人間がファンタジー的な力や現象のおかげでまわりをあっと言わせる存在になる、というプロットには普遍的な面白さがあるものなのだろう。

 作品の内容のおかげでビートルズの数々の名曲が聴けるのも悪くないところだ。また、これが小説だったり漫画だったりの他のメディアだったら、現実世界で大ヒットした偉人の作品を歴史改変世界でパクって大ヒット、という展開にはいまいち説得力が感じられないところだが、ビートルズの音楽には普遍的な良さがあるのでこの展開にもすんなり納得がいく。……いや、実際のところはそれは多分に幻想であって、実際には2020年の世界にポンとビートルズの名曲が登場したところでその良さが認知されるという保証がないことは承知しているのだけれど、お話の題材としては「まあ騙されてやってもいいか」という気になる絶妙なチョイスだ。これがローリングストーンズやクイーンだったらそんな幻想も抱けず、作品の説得力もなかったところである。

 

 主演のヒメーシュ・パテルはオーラはないものの平凡で等身大な主人公にぴったりな役者だし、リリー・ジェームズも可愛らしい。アメリカ映画ばっかり見ているものだから、彼らのイギリス英語もなんだか新鮮に感じられる。

 ……とはいえ、「異世界転生もの」でもよくある問題ではあるのだが、主人公が自分が歴史改変の事実に気が付いて戸惑ったのちにその事実を利用して活躍を始めるところまでは面白いしワクワクするのだけれど、後半は作劇的にも設定的にも「やることがなくなった」状態になってしまい、なんとも締まりのないぼんやりした展開が繰り広げられる。ジャックとエリーの恋愛もそりゃ応援できるものではあるけれど、2019年公開のメジャー映画でこんなしょぼくて青臭い幼なじみ同士のどーでもいいすれ違いを延々と描くのは頭がおかしいとしか言いようがない。コメディパートもほのぼのしているのだがちょっとセンスが古臭いし子供向け過ぎるという感じ。

 だから、良くも悪くも、とにかく「ゆるい」映画である。劇場にまで行って金を払って観ていたら怒っていたところだが、見放題の配信で見るぶんにはまあ許せるかな、というレベルだ。