THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『ラスト・クリスマス』

 

ラスト・クリスマス (字幕版)

ラスト・クリスマス (字幕版)

  • 発売日: 2020/02/20
  • メディア: Prime Video
 

 

 2016年版の『ゴーストバスターズ』や『シンプル・フェイバー』ポール・フェイグ監督。丸っこい顔に弾けんばかりの笑顔にすぐに八の字になる眉が特徴なヒロインのケイトはエミリア・クラークが、そのロマンスの相手となる謎めいた男性のトムは『シンプル・フェイバー』にも出演していたヘンリ・ゴールディングが演じている。

 

 クリスマス・ムービーらしい、ポジティブでハッピーで甘ったるい代わりに内容の深さや完成度などを捨てた仕上がりとなっている。ぼーっと観ていたので、トムの正体は予測できず、彼の正体を知らされるシーンはちょっと驚いてしまったけれど。

 ケイトの家族は旧ユーゴスラビアからの亡命者であるが、そこが物語に深く関わってくるということもない。ケイトが勤めるクリスマスショップの店主(ミシェル・ヨー)やトムはアジア系であったり、ケイトの姉(リディア・レオナルド)が同性愛者であったりケイトの友人にも有色人種が多かったり、ブレクジットについて言及されたりバスのなかで移民に暴言を振るう排外主義者が出てきたりと、取って付けたような「多様性」推しがちょっとくだらない感じはするが、物語の展開を邪魔したり印象を上書きしたりするということもなくてまあ許せるという感じ。実際のロンドンが多様性に富んだ街であることは事実なのだろうし。また、『イエスタデイ』と同じく、イギリス英語を楽しめるところが新鮮だ。タイトル通り、Wham!の数々の楽曲も存在感を放っている。

 

 先述したようにあくまで「クリスマス・ムービー」なので、お話としては可もなく不可もなく、という感じ。

 ただし、自堕落で無責任で未成熟なケイトをトムが「普通って過大評価されすぎているよね、普通って難しいし人を苦しめる言葉だと思うよ、君は君らしくでいいんだよ」みたいなことを言ってケイトを甘やかす場面はどうかと思った。そういうセリフって、本邦では『世界に一つだけの花』を通過した後にいまではすっかり陳腐になって揶揄の対象になっているようなものだが、あちらの国ではまだ現役であるらしい。これでケイトが色々と"がんばっている"人間であるならいいのだが、仕事もいまいち真面目に行わず夢の追い方も中途半端でありセックスと酒に明け暮れていて親から完全に独立しているわけでもなく……という有様なので、いくらケイトがお人好しでポジティブで魅力的な人間であるからといって彼女を甘やかすのは違うだろう、と思った。せめてセックスと酒は止めろ。そのあとでケイトがトムへの依存を振り切ったりいままで迷惑をかけてきた人間に反省のクリスマスプレゼントを贈るシーンはあるのだが、なんだかなあ、と言う感じだ。

 そして、ダメダメな主人公が異性の他者から(厳密にはトムは"他者"ではなかったりするのだが)甘やかされ救われる、という展開も、イマドキの価値観では主人公が女性でなきゃ描くことができないものであるだろう。ダメダメな男性が異性に甘えることは依存だとか搾取だとか支配だとかとあーだこーだ言われて、男性視点のロマンスはロクに許されなくなっている時代であり、女性にはクリスマス・ムービーが贈られても男性には贈られないからだ。そう考えると、"アップデートされた価値観"ってずるいものだよなあ、と毒づきたくもなる。