THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『幸せへのまわり道』

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 実績を出しているやり手ではあるがシニカルで批判的なジャーナリストのロイド・ヴォーゲル(マシュー・リス)は、雇い主の命令で子ども番組の司会者であるフレッド・ロジャース(トム・ハンクス)を書くことになる。はじめは「子どもだましな番組を作っている司会者なんて…」と乗り気ではなかったロイドであったが、インタビュー対象であるはずのロジャースはロイドのことを親身に気にかけて彼のことを色々と聞き出したりして、ロイドは面食らってしまうものの、ロジャースの奥深い人間性に興味を持つようになる。そして、父親のジェリー(クリス・クーパー)との関係性に問題を抱えたロイドは、立ち入った質問を色々としてくるロジャースに拒否感を抱くタイミングがありながらも、心の奥底ではロジャースのことをカウンセラーのように思って頼りにするようになっていた。そんななか、ジェリーが脳の病気で入院してしまう事件が起こり…。

 

 実話を題材にした映画であり、実際に放映されていた『ミスター・ロジャースのご近所さんになろう』という子ども番組を模した場面がところどころ挿入されながら、ちょっとメタフィクション的な物語が展開されていく。わたしは該当の番組は未見であるが、人形や模型を用いながら子ども向け番組らしい暖かで優しい雰囲気を忠実に再現した諸々の場面がまず「癒し」になる。

 そして、なによりも、ミスター・ロジャース本人を再現したトム・ハンクスの穏やかで優しい喋り方がすごい。そんな彼がロイドに対して親身にケアや配慮を示すのだが、その聖人っぷりはちょっと尋常でなく、他の映画や物語でもほとんどお目にかかったことがないほどだ。それも、よくあるような愚かさや素直さや純粋さゆえの聖人というわけでなく、相手に対して興味を持って適切な配慮を行う知性があることや、本人は実は短気さや不安定さを抱えているらしいがそれを習慣によって自己コントロールしていること(プールに定期的に通ったり、ピアノを演奏するなど)といった、実在の人物を題材にしただけあって聖人でありながらも"リアルさ"を感じられる点が実に興味深い。ロイドが「でもあなたはテレビ番組で培ったイメージが重荷になっているでしょ?」とか「息子さんたちは自分の父親がミスター・ロジャースであることを嫌がっているでしょ?」などと嫌味な質問をしたときに、それを肯定も否定もしない独特な受け答えをするシーンも絶妙だった。

 子ども向け番組風の演出とミスター・ロジャースの聖人感が合わさって、かなり"癒し"とか"優しさ"に特化した作品ではある。だが、上述したようなミスター・ロジャースのキャラクターの複雑さにより、浅薄な癒し系映画(フィール・グッド・ムービー)からはかけ離れた奥深さが存在しているところがポイントだ。

 

 しかしながら、肝心のロイドの父子関係の描写は「ろくでなしの親父に対する息子の葛藤」エピソードとしてちょっとテンプレ過ぎる(実話だからテンプレ的であっても仕方がないのかもしれないけれど)。ミスター・ロジャースが関わってくる場面ではワクワクするのだが、場面がロイドと家族のパートに移ってしまうとテンションが下がってしまうことは否めないのだ。また、途中で意識を失ったロイドがミスター・ロジャースの番組の世界に迷い込んだかのような夢を見てしまうシーンは、端的に演出が古臭くてダサくて、失笑ものであった。

 脇役たちも、ミスター・ロジャースの妻ジョアンヌ(メアリーアン・プランケット )やロジャースのエージェント?であるビリー(エンリコ・コラントーニ)は出番は少ないながらも印象的であったが、ロイド本人はともかくその妻や父は大して興味深い人物ではない。ここのパートでも登場人物をちゃんと掘り下げていて面白くできていたら、完璧に近い作品になっていただろう。

 

 とはいえ、単に子ども向けらしい「癒し」や「優しさ」を全面に押し出して"自分の弱さや欠点を認めて、自分を肯定する"的なメッセージを描くのではなく、大人であるからには自分の欠点や感情をコントロールして周囲の人間や社会と向き合わなければならない…という「成熟」や「適応」の必要性についてしっかりと描いている点が魅力的な作品だ。

 トム・ハンクスやミスター・ロジャースがどれだけ聖人であり、子供や未成熟な人間にはどれだけ優しかろうと、成熟した大人はけっきょく自分の面倒を自分で見なければいけないし、自分の機嫌は自分で取らなければいけないのである。優しく甘い子供向け番組の撮影が終わった後に、スタッフが撤収したスタジオでピアノのキーを叩きつけるミスター・ロジャースの姿を描くエンディングシーンには、そういった警告が込められているのだろう。