THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『ジェントルメン』&『コードネームU.N.C.L.E』

 

 

『ジェントルメン』は公開当時に渋谷の映画館で鑑賞(たしか5月だったかな)。予告編などからはもっと殺伐した内容をそうぞうしていたのだが、意外と人死にの少ない、ゆるくてユーモラスな内容だった。脚本や構成はトリッキーなわりには大味なところがあったり、肩透かしな部分もかなり多い。本来ならもっと仁義なき世界として描くべきところ、マシュー・マコノヒー演じる主人公をはじめとしてタイトル通りに「紳士」なキャラが多いために、優しいけれどリアリティに欠けるお話になっている。とはいえ、マフィア映画よりもお洒落でテンポの良いエンタメ映画として楽しむべきであるのだろう。

 オープニングの格好良さはさすが(音楽も素晴らしい)。チャーリー・ハナムコリン・ファレルヒュー・グラントと、おっさんな役者陣も実に豪華で贅沢だ。

 中国人およびユダヤ人の描写がステレオタイプで差別的であるとの指摘があったが、それはたしかにそうだと思う。とはいえ、ヘンリー・ゴールディングは役柄的には貧乏くじを引かされているが、ある意味ではこの映画のなかでもっとも印象に残るキャラクターであることは間違いない。「忖度」を抜きにして、みっともないキャラクターをアジア系の俳優にあてがうというのも、それはそれでひとつの平等のかたちではあるだろう。

 

 

 

『ジェントルメン』を観た日の夜にネットフリックスで視聴。そのまえにも劇場の公開当時のほか、配信でもいちど観ているので3回目の視聴だ。つまり、それくらいわたしは『コードネームU.N.C.L.E』が好きなのである。2015年に公開された映画のなかではベストに位置付けているし、好きな映画トップ10を挙げろと言われたら入れたり入れなかったりする程度には評価が高い。『ジェントルメン』にも『コードネームU.N.C.L.E』のようなクオリティや完成度の高さを求めたのが、改めて考えると、ガイ・リッチーの作品としては『コードネームU.N.C.L.E』のほうが異質である。『コードネームU.N.C.L.E』ではユーモアは健在であるものの時系列のシャッフルや特殊な構成はほとんどなく、まったガイ・リッチーがお得意の群像劇でもないのだが、しかし一本の映画としてのクオリティがとにかく高い。

 ヘンリー・カヴィルの色男っぷりとアーミー・ハマーの直情的で素直な豪傑っぷりの対比は漫画的なまでに鮮やかだ。アリシア・ヴィキャンデル演じるヒロインは、その容姿もちょっと小悪魔的な性格もめっぽうにかわいいし、1960年代を再現した服装も実に似合っていて魅力的。エリザベス・デビッキも美人だけど悪人顔なので『TENNET』よりもこの映画の役柄のほうがあっているように思える。

 クライマックスでヘンリー・カヴィルエリザベス・デビッキに引導を渡すシーンは実に爽快であり、劇場で見た当時にはワクワクした。設定がやや複雑でありながらも、勧善懲悪エンタメとしての王道をいまどきないくらいに押さえているのだ。主人公たちの三角関係や拷問シーン、終盤でのバイクアクションなどなども魅力的だが、なんといってもこのクライマックスがこの映画をひときわ輝かせている。『サイド・エフェクト』もそうだけど、勝ち誇っていた悪女が最後の最後にひどい目に遭う映画ってほんと好き*1

 キャラクターの関係を描くための小道具の使い方や、お互いの部屋に付けた盗聴器を見つけ出して突っ返しあう場面などの小粋なシーンも目白押し。

 本来は続編が作られているはずなのに興行収入が振るわなかったから凍結中、というのは実に勿体ないだろう。