THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『デューン:砂の惑星』:工夫ゼロのイマジネーション皆無

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 デビッド・リンチ版は学生時代に視聴したけれど、12年以上前なの全く内容は覚えていない。しかし、とにかくつまらなかったことだけはしっかり記憶していた。

 

 それで今作もあきらかにつまらなさそうだし、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は『ボーダーライン』や『メッセージ』はよかったけれど『ブレードランナー2049』は退屈だったし、ティモシー・シャラメは「しゃらくさいイケメン」を体現したような存在でぜんぜん好きじゃないし、「観なくてもいいかな」と思わせる要素が事前から目白押し。なにより、実際に観た観客たちがことごとく「退屈だった」「寝た」と証言していた。

 ……しかし、「ストーリーは退屈でも映像はすごい」ということも、みんな口を揃えて言う。ほかのIMAX対応映画と比べてもIMAXへの特化がすごいらしく、なにかよくわからないけれど、とにかく映像はすごいので映画館でIMAXでぜったいに観るべきだという評判に充ち満ちていた。そのため、映画としての面白さはもうハナから諦めて、「すごい映像とやらを体験してみようじゃないか」というだけの動機で、池袋のGTレーザーIMAX(どこがどうすごいかわからないけれど、ふつうのIMAXよりさらにすごいらしい)を初めて体験することも兼ねて、不安と期待が半々の状態で鑑賞した次第である。

 

 で、その結果はというと……映像すらすごくなかった。だって基本的に画面が暗いし、無機質な近未来空間かだだっ広い砂漠のどちらかがほとんどで飽きちゃうし、眼を惹かれるようなポイントがほとんどない。宇宙空間の表現も、同じくIMAXに特化したSF映画である『インターステラ―』のほうがずっとよかったと思う。また、ある種の「地獄めぐり」を映画板『インターステラ―』や『1917』では舞台や背景が画面によってガラリと変わることがポイントであり、水だけの星の次には氷の世界に行ったり、炎が煌めく闇夜の世界のあとにはお花畑が描かれたりするというバリエーションや「落差」によって映像の印象や鮮烈さを増してくれていたが、『デューン』はせっかくのスペースオペラだというのにそういう工夫が全くない。ひたすら、つまんない無機質な建物と同じような砂漠が続くだけ。ついでに言うとGTレーザーがふつうのIMAXとどう違うかもわからなかった。スクリーンの大きさが違ったのかな?

 

 最大のSF要素である「砂虫」ですら、ぜんぜん印象に残らない。砂虫は何度か登場するのだけれど、登場のパターンや描かれ方などが毎回ほとんど一緒なのだ。ぽっかり開いた口に細長い歯がいっぱいあるというヴィジュアルもまったく面白くなければ、ドデカいIMAXのスクリーンを使って巨大な存在感を描くための工夫もほとんどなされていない。口を開けて人間とか車とかを飲み込む描写ばかりじゃなく、直立したりとかスピーディーにうねったりとか、そういうことしてほしかった。

 よく指摘されることだけれど、ヴィルヌーヴ監督にはおもしろいSFやファンタジーをつくるためのイマジネーションが致命的に不足している。砂虫だけじゃなく、途中でちらっと登場する耳のでかいファンタジー鼠もまじでアニメやマンガやゲームで500回くらい目にしたことのあるようなファンタジー鼠そのまんまの造形で、あまりの工夫とセンスのなさに呆れてしまった。

 砂虫や鼠以上にひどいのが、敵の悪い軍隊のひとたち。アメリカのSF映画とかアメコミ映画って、なんで敵キャラや「悪の軍勢」をハゲとして描きたがるんだろう?とくに『デューン』のハゲ軍団は、「目が黒く濁っています」というポイントも含めて、既視感の塊でうんざりしてしまった。もしかしたら原作小説の時点でハゲていたり、ハゲていることに理由があったりしているかもしれないけれど、すこしでも独創性と羞恥心を持っている監督であれば、ここまでテンプレートなハゲ軍団を描くくらいなら原作を改変するものだと思う。

 

 ストーリーも、予想通り退屈。「貴種流離譚は物語の王道だ」とはよく言うけれど、貴種流離譚って工夫なしにストレートに描かれるとまったく主人公に共感できないうえに展開も予想できてしまうのでつまらない、ということを改めて認識することができた。思えばアメコミ映画でも貴種流離譚っぽいストーリーは繰り返されているわけだけれど、アメコミ映画では主人公に感情移入させる工夫をしたうえでプロットにひねりをいれて、さらにアクションや予想外の展開や諸々のコメディ・ギャグをたっぷり入れたりすることで観客を飽きさせないようにしてくれていたのだ。で、言うまでもなく、『デューン』ではそれらの工夫は一ミリもなされていない。

 ちょっと反省したのは、もしかして、「自分はMCU的なコメディやキャラ萌えがなければSF映画やファンタジー映画を観れなくなっているのではないか?」ということ。……とはいえ、考えてみれば、MCUが展開される前から『ロード・オブ・ザ・リング』的な重厚長大で重苦しいファンタジー作品は苦手だった。なんならRPGなどのゲームですらファンタジースペースオペラ世界が舞台になると大体の場合はストーリーに没頭できなくなる。自分とは縁のゆかりもない世界で、自分とは縁もゆかりもない人々が、自分とは縁もゆかりもない物事(王家の争いとか、世界の危機とか)について悩んでいるのに感情移入しろというのが無茶な話だ。だからハイファンタジースペースオペラを楽しめる人ってすごいなと思う。

 

 ティモシー・シャラメの顔面はなんどもドアップになるし、肌のホクロとかシミとかも目立っちゃうんだけれど、さすがにイケメンなので見苦しくなることはない。それはそれとして、彼が演じる主人公は感情移入できないということを除いてもキャラクターとしてつまらない。予知能力と超能力とかはぜんぶご都合主義的で萎えるし、うだうだ悩んでいるのもうっとうしい。ヒロインのデンゼイヤは本編に登場するのは終盤である代わりに主人公の予知シーンでなんども出てくるんだけれど、終始ドヤ顔しているかしかめっ面しているかのどちらかで、魅力がぜんぜん感じられなかった(とはいえ、この映画の登場人物の大半は常にしかめっ面なんだけれど)。

 オスカー・アイザックは好きな俳優なんだけれど役柄がつまらないし(面白い役柄なんてこの映画には存在しない)、ひげもじゃにされ過ぎていてせっかくのイケメンなマスクもあまり楽しめなかった。レベッカ・ファーガソンはおばちゃんだなあという感じ。ジェイソン・モモアが演じるキャラクターは唯一魅力的だったけれど、でもまあテンプレ的な「王子と仲の良いスゴ腕兵士」キャラであるなと思う。ジョシュ・ブローリン演じる兵団長も同じくテンプレ的(モヒカンになっていたからブローリンだとは気付けなかった)。

「『スター・ウォーズ』も『風の谷のナウシカ』も『デューン』の原作小説に影響を受けているのだから、テンプレを模倣しているのではなく、『デューン』がテンプレを作り出したのだ」みたいな言い分はあるかもしれないけれど、でも、2021年に上映して人様の貴重な時間(予告を入れたらほぼ3時間)とお金をいただくのだから(IMAXだから一人当たり2600円もしたんだぞ)、現代の観客が見て楽しめるくらいにキャラクターの描写を濃くしたりアップデートしたりしてほしいものだと思う。他の名作が映像化されたりリメイクされたりするときには、それくらいの工夫はなされているものだろう。あとわたしは『風の谷のナウシカ』もつまらないと思う。まだ『デューン』のほうがマシ。

 さらに言うと、3時間近くも付き合わされたというのに、固有名詞すらまったく印象に残らない。主人公の異名だか呼び名だかはもちろんのこと、主人公の国の名前も敵の国の名前も砂漠にすんでいる人たちの民族名もまったく覚えていない。劇場を出た後に覚えていた単語は「スパイス」と「サンドワーム」だけだった。