THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

名作シットコム紹介(1):『そりゃないぜ!?フレイジャー』

 

 

 高校生の頃、『Frasier』というシットコムを毎晩のように家族と観ていた時期があった。アメリカでは11シーズンまで放映されていたらしいのだが、日本ではさほど人気が出なかったらしく、シーズン3までのDVDが出たところで打ち切りになっている(邦題は『そりゃないぜ!? フレイジャー』と、なんともダサいものにされてしまっている)。

フレイジャー』は『チアーズ』という別のシットコム作品のスピンオフであり、『チアーズ』の人気キャラクターであった精神科医フレイジャー・クレインが主人公だ。他のメインの登場人物は、フレイジャーの弟であり同じく精神科医のナイルズ、フレイジャー兄弟の父親であり元警官のマーティン、マーティンの介護ヘルパーのダフネ・ムーン、ラジオ番組プロデューサーのリズ・ドイル、そしてマーティンの愛犬であるジャック・ラッセル・テリアのエディだ。

 このドラマの特徴は、フレイジャーとナイルズ兄弟と、マーティンやダフネなどのその他の登場人物を対比的に描くすることで様々なストーリーやジョークを成立させていることだ。その対比とは、精神科医という職業に象徴されるようなインテリで金持ちで知識人な「上流階級」性と、警官や介護ヘルパーなどの職業に代表されるような「庶民」せいである。そして、視聴者の大半が庶民であることが想定されるテレビドラマであるので、基本的には前者の人々が滑稽に描かれることになる。

 普通、メインの登場人物が数人しかいないシットコムでは、登場人物それぞれに全く異なるキャラクター性を付与するものだ。しかし、『フレイジャー』ではフレイジャーとナイルズが多くの点で同様のキャラクター性を持っていることもポイントだ(二人とも嫌味であったり神経質であったりするのだが、ナイルズの方がフレイジャーよりもさらに極端にその特徴を持っている、という感じである)。二人はよく気が合ってあれこれと文句を付けたり批評を始めたりするのだが、これにより二人の嫌味なキャラクター性がさらに強調される、という効果が出ている。

 

フレイジャー』が日本語の文献で言及されているところはほとんど見たことがないが、カナダの哲学者であるジョセフ・ヒースの著書『啓蒙思想2.0』では、2ページ近くにわたって『フレイジャー』が批判されている箇所がある。長くなるが引用してみよう。

 

アメリカの)民主党が陥っている状況はべつだん彼らだけのことではない。どこにでもいる知識人やインテリの直面しているジレンマだ。中心にある問題をとてもうまく描いていたのが、九〇年代のテレビドラマ『フレイジャー』だ。ご存じでない読者に説明すると、要するに普通の人が賢い人をどう思っているかを徹底的に描き出した長期シリーズのコメディである。この番組はうわべは反インテリだが、根はかなりイデオロギー的でもあった(制作総指揮者で主演のケルシー・グラマーが政治に熱心な極右の共和党支持者なのは偶然ではない)。ドラマは、二人の主要キャラクター、フレイジャー・クレイン医師と弟のナイルズ医師と、三人の「普通の人々」……退職警官である父親、ヘルパー、フレイジャーのラジオ番組の担当プロデューサー……との対比で展開していく。兄弟二人はおそらくハーヴァード卒の精神科医なのだが、つまるところ道化者だった。十一年にわたるシリーズで一度たりとも問題を解決するとか、ちょっとでも気の利いたことをするために優秀なはずの知能を使うことがない。「知性」と教育から得たのは、難しい言葉を使う癖、もったいぶった趣味と非常識さに過ぎなかった。

(中略)

常識保守主義イデオロギーは、ほとんど隠されもせずシリーズ全編に流れていた。初期の保守派が知識人を信用しなかったのは知識人が危険だと思ったからだが、知識人の問題は本当は頭がよくないことだと『フレイジャー』は示唆している。

(p.309-310)

 

 ヒースによるこの『フレイジャー』評には的を得ている面もあるが、『フレイジャー』が単なる「反インテリ」的な作品であるという印象を読者に抱かせる点はアンフェアだ。

 おそらく『フレイジャー』で最も人気のあるキャラクターは、フレイジャー以上に嫌味でインテリぶっているナイルズ医師であり、彼が人気になるのは他のキャラクター描写以上にナイルズのキャラクター描写に熱がこもっているからである。ナイルズは嫌味で神経質でありながらも愛すべき魅力的なキャラクターとして描かれているし、すくなくとも前半のシーズンではナイルズとダフネの恋の行方に視聴者の興味が惹き寄せられる。逆に、マーティンやダフネなどの「庶民」サイドの描写はフレイジャーやナイルズの描写に比べるとちょっと書き割り的な印象があるくらいだ。

 たとえば、大学教授である私の父親は『フレイジャー』を毎晩楽しみにしていた。インテリが滑稽に描かれている作品ではあるが、自虐的な面白さがあるぶん、インテリの方がより楽しめる作品であると言えるかもしれない。

 

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フレイジャー・クレイン

 

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ナイルズ・クレイン