THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』

 

トランボ ハリウッドに最も嫌われた男(字幕版)

トランボ ハリウッドに最も嫌われた男(字幕版)

  • 発売日: 2017/05/10
  • メディア: Prime Video
 

 

ローマの休日』や『黒い牡牛』などの名作を生み出したが、共産主義者であったために赤狩りの対象となって投獄されたり自分の名義で脚本を公開することができなくなったりしたなどの憂き目にあった映画脚本家、ダルトン・トランボを主人公とした伝記映画だ。

 映画の舞台となる時代は主に1950年〜1960年であり、映画の前半ではちょうど赤狩りが激しくなってせっかく生み出した傑作の『ローマの休日』を友人の名義で発表するしかなかったというエピソードや投獄経験が描かれる。そして、トランボの出所後にはまともなスタジオは共産主義者と関わることを避けるようになっていたために、彼はB級映画スタジオ向けに芸術性を捨てた娯楽作品の脚本を量産せざるを得なくなった。しかし、盟友の裏切りや死に家族との不和に苦しむなかで生み出した『黒い牡牛』がオスカーを獲得したことをきっかけにハリウッド内での立場が回復していって、『スパルタカス』や『栄光への脱出』などの成功によりついに赤狩りに怯えることなく堂々と映画人として復帰する、という軌跡が描かれる。

 トランボを演じる主演のブライアン・クランストンがいかにも気の難しい偏屈なおじさんという感じであり、かなり味わい深くてよい。だらしのない全裸姿でバスタブに浸かって、酒や薬を飲んだりタバコを吸いながら脚本をタイプし続ける場面は、なかなか拝めることのない絵面で面白い。トランボの娘を演じるエル・ファニングも、脇役ながらなかなか存在感を放っていて、大量のおっさんと少数のおばさんばかりしか出てこない映画に精彩を与える花となっている。

 伝記映画であるためにトランボの人間性や彼の経験した苦労などの描き方はバッチリなのだが、それだけでなく、脇役のキャラクターたちもかなり印象的だ。トランボの盟友的ポジションである「ハリウッド・テン」の面々もいいが、敵役であるヘッダ・ホッパーヘレン・ミレン)も実にいい塩梅に憎たらしいキャラクターである。そして、B級映画スタジオの所長であるハイミー・キングスティーヴン・ルート)が、「共産主義者の起用をやめないと俳優をボイコットさせるぞ」と脅しに来た赤狩り委員会を野球バットによる物理的暴力で脅し返して追い払うシーンは痛快の一言であり、おそらくこの映画で最も印象深いシーンだ。『栄光への脱出』の監督役であるオットー・プレミンジャークリスチャン・ベルケル)も強烈で存在感のある人物である。

 トランボやハリウッド・テンの面々はファシズム的・全体主義的な赤狩りイデオロギーのために理不尽な不幸に遭わされて仕事の機会を奪われていたが、彼らの創作力までをも奪うことはできず結局は彼らは再起して、むしろ赤狩りを推進していた面々の方が旧時代の遺物として消えていく…というストーリーラインは事実を元にしたものでありながらも道徳劇としての物語性に富んでおり、鑑賞後には充実感が得られる。

 冒頭においてトランボが娘に語る「空腹の子にサンドイッチを分けることができるなら立派な共産主義者だ」という旨の言葉はシンプルでありながらも含蓄がある。また、共産主義vs赤狩りというイデオロギー対立やブラックリストに記載されてしまった面々の友情や裏切りなどの悲哀などの精神的なところを描くのと同時に、B級映画スタジオで二級作品を量産したことがまわりまわって復活の鍵となることやクライアントであるB級映画スタジオ所長(共産主義には全く興味なし)が赤狩りから脚本家たちを守ってくれるシーンなど、実務的な能力の重要さやビジネスライクな関係ならではの信頼性といった物理的なところも印象的に描いている点がこの映画をひときわ優れたものとしてくれている。

 地味そうなあらすじのわりにはテンポもよくて楽しく見れる映画であり、隠れた名作だと言えよう。