『ファーザーズ』
このブログでは近頃のハリウッド映画が「リベラル」で「先進的」な価値観に基づいた作品ばかり作っているためにどれもこれも同じようなメッセージや描写になっていて逆に多様性が無くなっている、というようなことについての文句を書き続けているのだが、この作品は珍しく保守的なメッセージが全面に出たアメリカ映画だ。しかし、残念ながら完成度は低く、純粋に面白くない作品となっている。
アレックス・ケンドリックス、ケン・ベヴェル、ケヴィン・ダウンズ、ベン・デイヴィスが演じる四人の保安官にロバート・アマヤ演じる移民労働者が主要人物となっている。彼らはそれぞれ子どもがいる父親であり、うち一人の人物の娘が交通事故でなくなったことをきっかけとして「父親としての誓い」を立てたり、「善き父親として生きるとはどういうことか」を考えるようになったりする。そこに、不良少年の逮捕や警察署内の汚職捜査などの保安官としての職務が関わってきたり、仕事を失った移民労働者のもとにいくつかのチャンスが舞い込むが同時に彼の道徳性も試されることになったりして……という内容。
群像劇なのに娘が交通事故で死んで悲嘆に暮れる父親のシーンにめちゃくちゃ尺を割いたり、びっくりするくらいの押し付けがましい感動描写(ごていねいに感動的な歌付きである)が長々と描かれたりする。そのほかの場面の演出も野暮ったいし、会話シーンやセリフや役者の演技もトロトロとしていてキレがなくて、洗練とは程遠い。描かれている価値観も、「家庭内で責任ある父親として振る舞うとはどういうことか」を宗教色込みで押し付けてくる保守的なものだ。娘にデートを禁じたりデート相手を父親がチェックしたりすることが肯定されているところが象徴的である。
この映画の特徴は、いわゆる「ダメな邦画」のそれと一致している(野暮ったい演出、洗練のないセリフや演技、つまらない価値観)。とはいえ、海外映画を見ているとごく稀にこういう作品に当たることはある。よく「海外の映画に比べて邦画はダメだと言うが、それは、海外それぞれで国内向けに作られている低レベルな作品が日本にまで来ないから相対的に海外の方が上質な作品ばかり存在しているように思えると言うだけだ」ということが言われるが、たしかに、「たまたま日本にまで来てしまったアメリカ国内向け映画」という感じの漂う作品はたまにあるのだ。まあ多分カリフォルニアとかニューヨークとかではない普通の街に住むアメリカの一般庶民のなかにはこういう作品を観て感動したり教訓を得たりしている人がそれなりに多いのだろう。
しかし、保守的な価値観を描くにしても、脚本や演出やセリフや演技を洗練させることはやろうと思えばできるはずだ。才能や資金の大半が「リベラル」「先進的」側に吸われてしまうので保守的な作品は限定された資源で作るしかないからクオリティが下がる、という事情はあるかもしれないが。