『赤ひげ』
『七人の侍』のときも思ったが、いくら黒澤明といえども3時間は長いしダレる。『七人の侍』は冒頭の百姓たちの相談シーンから侍たちの仲間集め、中盤の百姓と侍たちとの交流や戦への備え、そして終盤の戦闘シーンと、物語の一本の流れが通ったうえで各パートの特色が出ているので、長さもまだ許せる(それでも中盤はダレるが)。しかし『赤ひげ』は小説を原作としているためか相互の関連性の薄い断片的なエピソードが連続する形である。師匠である赤ひげと新米医者である保本登との間に徐々に出来上がっていく師弟関係や保本の成長という一本の軸があり、そこに小石川養生所の患者たちのエピソードが色々とひっついてくる形だ。
映画の中盤では患者である蒔絵師の六助や車大工の佐八のエピソードがほとんどの分量を占めており、いずれも悲惨であり胸にくるところはあるのだが、赤ひげを演じる三船敏郎や保本を演じる加山雄三が画面に出てこないためにちょっと勿体無さを感じるのである。患者たちは貧困と無知から病にかかった江戸時代の病人らしくみすぼらしい見た目にされており、だからこそ画面映えしないというジレンマがあるのだ。もっとも、薄暗く悲惨な診療所とみすぼらしい患者たちによる重苦しい画面が続くからこそ、たまに外に出てきたときの画面の白さや赤ひげの痛快なセリフや活躍が印象的になる、というところもあるのだが。
後半の貧困娘の「おとよ」のエピソードは山本周五郎の『赤ひげ診療譚』ではなくドストエフスキーの『虐げられた人びと』を原作としているようであり、これはたしかに視聴しながら『虐げられた人びと』を連想することができた。
序盤にある色情狂の人殺し女のエピソードは香川京子の演技がすごいのもあってなかなか恐ろしく、かなり印象的である。再視聴する前にも、いちばん記憶に残っていたのはこのエピソードである(というか、他のエピソードについては全て忘れてしまっていた)。
全体的に重苦しいエピソードが続く作品ではあるが、終わり方が前向きなところはいい。