『天城越え』
現在と四十年前の静岡を舞台にして、天城峠で起こった殺人をめぐる物語が展開される。
ミステリー作品ではあるが犯人は早々に察しが付く内容だ。しかし、この映画の良さはミステリー要素ではなく独特の雰囲気にある。少年時代の主人公が家出をして天城峠を旅する際に様々な大人たちと道連れをするシーンにはジュブナイルっぽさがあるし、殺人事件の捜査シーンでは個性的な証人ばっかりが出てきてコミカルであるし、終盤の少年と娼婦(田中裕子)とのやり取りはエロチックさがすごいし、娼婦が失禁するまで暴行をはたらいて尋問したり時効になった後も執念で真相を追い求める刑事(渡瀬恒彦)には鬼気迫るところが感じられる。自然豊かな天城峠の風景も美しいし、田舎に住む人々の素朴さも微笑ましく感じられる一方で、終盤には人間の暗い情念がしっかりと描かれる。大人になった主人公(平幹二朗 )が暮らす、昭和の静岡の町並みも風情があっていいものだ。そして、何度か出てくるセックスシーンはいずれも壮絶で、まさに昔の日本映画でしか描けないような性交という感じがする。
同じく松本清張原作の『疑惑』に比べるとキャラクター描写の深みはないかもしれないが(娼婦も刑事も印象的な人物ではあるがテンプレ的なキャラクターであることは否めない)、画面や映像の美しさは『天城越え』の方に分がある。見て損はない名作だ。