THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『刑事コロンボ』

 

 

 

 わたしが映画を本格的に見始めたのは高校2年生の春休みからなんだけど、当時はミステリーファンでもあった。それで『刑事コロンボ』を見始めたのは高校3年生の夏休みからだ。『ジョジョの奇妙な冒険』や『金田一少年の事件簿』などで引用されているのを見て当時から興味を抱いていたし、「最初に犯人による犯行シーンが描かれて、後から登場する主人公の刑事コロンボが犯人を追い詰める」という構成も画期的かつ優れていることは、鑑賞経験が浅いながらも察することができた。最初に観た作品は『意識の下の映像』である。

 そして、大学2年生の夏までのおよそ2年間で、いわゆる「旧シリーズ」の45作品をすべて観た。当時やっていた mixi というSNSにはレビュー機能があったのだが、2008年のわたしが私がつけた45作品の評価がまだ残っていたので、ここに再掲する。

 

1.     殺人処方箋 A
2.     死者の身代金(Pilot) B
3.     構想の死角 B
4.     指輪の爪あと A
5.     ホリスター将軍のコレクション A
6.     二枚のドガの絵 A
7.     もう一つの鍵 C
8.     死の方程式 C
9.     パイルD-3の壁 B
10.     黒のエチュード B
11.     悪の温室 C
12.     アリバイのダイヤル A
13.     ロンドンの傘 A+
14.     偶像のレクイエム B
15.     溶ける糸 A
16.     断たれた音 A+
17.     二つの顔 C
18.     毒のある花 B
19.     別れのワイン A+
20.     野望の果て B
21.     意識の下の映像 A
22.     第三の終章 C
23.     愛情の計算 C
24.     白鳥の歌 C
25.     権力の墓穴 B
26.     自縛の紐 A+
27.     逆転の構図 B
28.     祝砲の挽歌 A+
29.     歌声の消えた海 B
30.     ビデオテープの証言 C
31.     5時30分の目撃者 B
32.     忘れられたスター A+
33.     ハッサン・サラーの反逆 C
 34.     仮面の男 A
35.     闘牛士の栄光 B
36.     魔術師の幻想 B
37.     さらば提督 B
38.     ルーサン警部の犯罪 C
39.     黄金のバックル C
40.     殺しの序曲 B
41.     死者のメッセージ B
42.     美食の報酬 C
43.     秒読みの殺人 A
44.     攻撃命令 B
45.     策謀の結末 A

 

 今回、『パディントン』を観るためにHULUに一ヶ月限定で加入したら『刑事コロンボ』も揃っていたので、じつに13年ぶりにボチボチと見始めた。最初は「ドラマといっても1時間15分とか1時間30分はかかるんだし、これを観ているあいだに映画を観たほうがいいよなあ」と思うところもあったんだけれど、ストーリーの構成を知っているので集中力や没頭が必要とされず疲れているときでもするすると見れちゃうこと、そしてやはり多くのエピソードの出来がよく、エピソードごとに展開やトリックやキャラクターに工夫を凝らしているためにその違いを味わうのが面白くて、ついつい見ちゃう。

 ここ最近で私が見た各エピソードについての感想は以下の通り。

 

●『別れのワイン』:コロンボ全作のなかでも世評が最も優れている作品だが、やはり、評判通りのド名作。犯人は同情の余地が充分ありながらも、コロンボの犯人らしい高慢さはちゃんと持っている、というバランスがいい。なにより、真実追求のため犯人と仲良くなるためにワインの勉強をするという、コロンボによる犯人に対する「敬意」、それを通じたコロンボと犯人の「相互理解」の描写が素晴らしい。『刑事コロンボ』という作品は、勧善懲悪と人情のバランスに成り立っていると言えるだろう。

 また、ワインに関するトリビアが犯人逮捕の決め手になる、というオチはいつまでも忘れられないくらいに印象的で優れている。

 

●『パイルD−3の壁』:敵役は魅力的でなく、ストーリー構成もふつうだが、終盤における「死体をどこに隠すか?」というトリックをめぐる大胆な攻勢はさすがのもの。

 

●『自爆の紐』:むかし観たときには「靴紐」をめぐる矛盾にコロンボが気付くあたりが実に論理的で、地味ながらもミステリー的に際立っている…と思ったがいまになって見てみるとそんなことはなくて、特に洗練されたところのない作品であるように思える。しかし、スポーツジムの経営者である犯人が常にトレーニングをしている様子や、コロンボまでもがトレーニングに精を出す(けどすぐに止めちゃう)くだりなどはユーモラスでいいと思う。

 

●『絶たれた音』:これもむかしはずいぶんと気に入っていた作品だけれど、いま見てみると、チェス名人同士による殺人事件という設定には惹き込まれるし気の毒さと憎たらしさを共存した犯人のキャラクターはいいのだが、ミステリー面での展開はさして面白くなかった。被害者のキャラは他の作品に比べて濃くて、だからこそ勧善懲悪の要素が増す、というあたりがポイントかな。

 

●『溶ける糸』:犯人も展開もふつうだけれど、ちょっとした「医療ミステリー」になっているところはおもしろい。最後の最後まで気を抜けない犯人の狡猾さとオチも気が利いている。

 

●『権力の墓穴』:この作品は世評が高いけれど、わたし的にはあんまりよくない。別の人間が犯した殺人を利用する警察のお偉いさんな真犯人の狡猾さや悪人っぷりはよいし、そんな彼をヒラ刑事のコロンボがやっつけるという点で勧善懲悪もバッチリだが、しかし「殺人者が二人いる」という特殊設定は話を間延びさせる方向に作用しているように思える。

 

●『野望の果て』:ちょっとドナルド・トランプを思い出させるような幼稚で自己中心的な政治家でありながら、「自分にマフィアから殺人予告状が出されている」「警護のために警察に守られている」という状況を逆用したトリックを実行する狡猾さやアリバイトリックの周到さなどの高い知性を発揮するという犯人のキャラクター性のギャップがちょっとおもしろい。ある意味では、「政治家」という存在をリアルに描けているといえるかもしれない。…しかし、オチは完全に犯人による「自爆」なので消化不良。コロンボがネチネチ犯人を攻め立てて自滅に追い込むというのは王道な展開なのだけれど、うまく描けているときはいいがそうでなかったら犯人がアホみたいになっちゃうという問題があるのだ。

 

●『ホリスター将軍のコレクション』:こちらの犯人は見た目はドナルド・トランプに似ているが、性格に関しては良くも悪くも異様なプライドの高さと度胸の良さ、そして高潔さに潔さと、トランプとは似て非なる人物。……とはいえ、殺人事件については完全なエゴイズムによるものでまったく同情の余地がなく、被害者が気の毒で、そういう点では勧善懲悪がきちんと成立している。最初から犯人にとって不利な状況であり最後のオチもミステリー的には大したことがないが、犯人と目撃者によるロマンスが繰り広げられたり、オチにも軍人としてのロマンが込もっていたりするなど、ミステリーとは違うところでドラマを追求した作品である。

 

●『指輪の爪あと』:探偵会社の社長という犯人の設定、浮気調査の結果の報告から始まり犯人による被害者の脅迫と被害者による逆脅迫というスピーディーな展開が続く冒頭、被害者を殺してしまった犯人が証拠隠滅を行う姿がサングラスに映る演出のオシャレさやスリリングな音楽、そしてコロンボと一緒に捜査に加わる犯人と高度な駆け引きや、被害者の夫や浮気相手にヒラ探偵などの第三者的なキャラクターも個性的である点、なんといっても最後に明かされるコロンボの「いたずら」など、ミステリーの面においてストーリーの面においても一級品。

『別れのワイン』と並んで、(今回観た範囲では)他の作品群とは段違いにクオリティが高くて、一本の映画としても通じるようなrベルだ。ロマンや人情に重きを置いた『別れのワイン』と比べて、こちらはミステリーとハードボイルドに重きが置かれている、という対比もいい。

 同じシリーズでありながら多様な種類の物語が描けるところが、やはり、『刑事コロンボ』の魅力であるのだろう。

 

 今回観ていて思ったのは、ぜひ、Netflixあたりにリメイクして21世紀版の『刑事コロンボ』を作ってほしいということ。

ピーター・フォークじゃなくちゃコロンボじゃないやい!」というファンの声は根強いだろうし、たしかにコロンボが若者や女性になったら興醒めだが、マーク・ラファロなんか似たような髪と体型をしていてぴったりだと思う。

 改めて鑑賞して思ったのは、犯人たちは金持ちで高慢であることはもちろんのこと、コロンボよりも身なりが良かったり背が高かったり若々しかったり社会的地位があったりなどなど、「エリート」であることが強調されていること。つまり、『刑事コロンボ』は、かなり意図的に「善良な庶民」と「悪どいエリート」との対立が描かれた作品であるのだ。また、「とぼけていて無知であるが人を見る目は鋭く、弱者の味方であり、常に真実に辿り着ける」というコロンボのキャラクターは本来の意味で「反知性主義的」なものである。何度か書いてきたけれど、とくにアメリカ文学においては、反知性主義は否定されるものであるどころか美点であるのだ(それに、日本においても「人情もの」とは反知性主義的なものだ)。

 

 そして、物語においては、メリトクラシー的な「立身出世物語」を肯定する一方で、「エリート」を否定して「庶民」の側に立つことも王道である。しかし、近年のアメリカでは「庶民 vs エリート」の対立軸が人種やジェンダーに取って代わることで、共和党的な保守人種差別セクハラおやじは敵役にされて散々にやっつけられるけれど、もっと一般的な意味でのアメリカン・エリート…つまりカリフォルニアやニューヨークに住んでいるような、リベラルで開放的で活き活きとした高給取りが敵役となることは少なくなってきた。しかし、スクリーンの外側では、「リベラル・エリート」に対する疑問の声や敵意も増している。だからこそ、庶民とエリートの対決の物語である『刑事コロンボ』を、いまリメイクする価値はあるはずなのだ。奇しくもコロンボの舞台がカリフォルニアであるというところも気が利いているし。まあ「警察」自体のイメージがむこうじゃ悪くなっているんだけれど、それはそれとして庶民=マジョリティ=警察とつなげちゃうことで逆に批評的になるかもしれない。

 犯人役に関しては、リベラルなイメージが強いハリウッド俳優たちを起用すればするほど作品の批評性は増すだろう(ブラッド・ピットナタリー・ポートマンエマ・ワトソンマハーシャラ・アリヘンリー・ゴールディング、故チャドウィック・ボーズマン……あたりが、とくに「欺瞞と満ちた犯人」の役として映えそうだ。クリス・エヴァンスダニエル・クレイグレオナルド・ディカプリオベン・アフレックはリベラルな役柄にしなくても「高慢な権力者」系の犯人が似合いそうだな)。ぜひ金に糸目をかけずに実現してもらいたい