THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『ゴーン・ガール』

 

ゴーン・ガール (字幕版)

ゴーン・ガール (字幕版)

  • 発売日: 2015/03/06
  • メディア: Prime Video
 

 

 ニック・ダン(ベン・アフレック)は、5年目の結婚記念日の朝に家に帰ってきたところ、妻のエイミー(ロザムンド・パイク)が行方不明であることに気付く。妻とは倦怠期になっていて若い愛人もいる始末であったニックだが、妻の失踪には焦り、必死になって彼女を探す。しかし、捜査当初から、警察の様子がなにやらおかしい。ニックが疑われているのだ。自分の身は潔白であるから問題ないと当初は信じていたニックであるが、エミーは自分が夫に殺されたかのように見せかける偽装工作を行ってから失踪したこと、という事実に気付いてしまった。つまり、エイミーはニックをハメようとしていたのだ。そして、警察やマスコミはエイミーの思惑通りに動き、ニックは窮地に立たされてしまう。しかし、悠々自適に失踪生活を送るつもりだったエイミーも、思わぬトラブルに遭遇してしまい、彼女の計画も徐々に狂い始めるのであった…。

 

 プロットとしては洋モノの世俗的ミステリーにありがちな、人間の暗い部分や悪意を露骨に強調した非現実的で荒唐無稽なものである。しかし、デヴィッド・フィンチャーの監督術と、魅力的な役者陣の力で、この作品は凡百のミステリー作品と一線を画した面白さを放っているのだ。

 なによりも素晴らしいのは、ニックを演じるベン・アフレックだ。このテの作品では「悪女」の側にばかり焦点がいって、それに騙されたり被害にあったりする男性は出番が多いわりに添え物的な雑な扱いをされがちであるのだが、ニックはエイミー以上に描写が割かれていて魅力的なキャラとなっている(エイミーの計画がニックの視点から徐々に暴かれていく、という構図が功を奏したところもあるだろう)。そして、このニックを演じるベン・アフレックは、ガタイがでかくてエネルギッシュでありながらも繊細そうで不安げな顔付きをしていて、そして子供っぽさやだらしなさも垣間見える。状況に対して自分から切り込んで打破していく英雄的なキャラクターはちょっと似合わない役者でもあるかもしれないが、ニックのような「巻き込まれ」系を演じるにはピッタリだ。だらしない浮気男でありながらもどこか人好きがして放っておけない性格であり、双子の妹や女性刑事などから好感を抱かれて顧問弁護士にも気に入られる、という独特なキャラクター性をしたニックを違和感なく演じられる俳優はなかなかいないだろう。

 双子の妹のマーゴ・ダン(キャリー・クーン)、女性刑事のボニー(キム・ディケンズ)、弁護士のタナー・ボルト(タイラー・ペリー)など、ニックを取り巻く人々もミステリー作品として珍しいくらいに好感の抱ける人物が多くて、物語に面白さを与えている。特にニックの最大の友人であり彼の浮気が発覚した時には本気で怒ったりもするマーゴの存在は、ニックがエイミーに追い詰められてどんどん窮地に立たされていく展開が続く本作における清涼剤となっている。ニックが腹を割って相談できる相手がいるおかげで、絶望感や閉塞感がそこまで強調されずに済んでいるのだ。最初から物事を決め付けずにギリギリまで中立的な立場で公平に捜査を進めるボニー刑事の存在にも安心感があるし、他人事だと思ってニックとエイミーの関係を面白がりながらもきっちりニックを弁護して彼を助けるボルト弁護士は出番が少ないながらも良いキャラクターをしている。テレビ出演を控えてリハーサルしているニックに対してマーゴとボルト弁護士がグミを投げつける場面は、今作でもピカイチに印象に残るシーンだ。終わり方はかなり陰惨でモヤモヤするものではあるのだが、ニックとマーゴの他にも部外者であるボニーやボルトも真相を知っているという事実にはどことなく救いが感じられて、後味の悪さが抑えられている。

 ニックと並んで主役であるエイミーの描写も、凡百の「悪女」ものから一線を画している。警察や世間を騙す計画を実行した知能犯でもある彼女が、たまたま遭遇したチンピラに抵抗する術もなく金品を奪われてしまうシーンは実に良い。大概の作品だと「悪女」主人公って作中では無敵で絶対的な存在として描かれてしまうので、"因果応報"ですらなくただ運悪くチンピラと遭遇したせいで彼女がひどい目にあうシーンは新鮮で面白かった。当初は自殺をすることで計画を完璧なものにしてニックを死刑台に送り込むつもりだったエイミーであるが、やっぱり死ぬことが嫌になって計画を途中で放棄してしまったり、テレビ出演を通じて彼女に愛の言葉を語るニックの姿に惚れ直してしまったりなど、サイコパス的なキャラクターであるのに人間味を感じられるシーンが多いところが面白いのである。ロザムンド・パイクの不気味な無表情は絶妙だし、知的で頑固でプライドは高いが絶世の美女というレベルではない、というエイミーのキャラクターにも微妙な塩梅でマッチしているのだ。…一方で、ニックのもとに戻る決心をしたエイミーが元彼のデジーニール・パトリック・ハリス)を殺害して彼に罪をなすり付ける、というエピソードは物語にオチをつけるために用意されたような無理矢理さが感じられた。

 帰ってきたエイミーに対してニックが「このくそアマ」と呟くシーにゃ報道陣の前でのキスを拒むシーンなど、終盤における二人の微妙な距離感を描いた場面は印象に残る(デジーを殺害したあとにエイミーがニックの前でシャワーをして血を流すシーンは実に恐ろしい)。そして、最初から最後までユーモアを挟むことが忘れられていないために、陰惨で荒唐無稽なプロットであるのに楽しんで見れて見終わった後にも充実感を抱ける作品となっているのだ。サスペンス作品やミステリー作品って深刻で真面目になり過ぎるか不誠実でゆるゆるになり過ぎるかのどちらかが多くて、そのために大したことのない作品が量産されしまうジャンルであるのだが、『ゴーン・ガール』のように深刻さとユモーアとのバランス感覚を保れてばここまで高クオリティな作品に仕上げることができるのである。