THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『ダークナイト』

 

ダークナイト (字幕版)

ダークナイト (字幕版)

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 京都で大学生をしていた2008年の上映当時と2009年の前年作品リバイバル上映とで映画館で2回見て、そのあとに500円で叩き売りされていたDVDを買って家でも2回見て、そして今年になってIMAX版が公開されたので見にいった。これで5回目となる。映画が好きではあるが特定の作品に深くハマるタイプではないわたしは、見返すとしても2回か3回がせいぜいであり、4回以上見たことがある作品は『夕陽のガンマン』と『ダーティハリー』と『ダークナイト』だけだ。そして5回見た作品は『ダークナイト』のみということで、わたしのなかでは映画の金字塔という位置付けになっている作品である。とはいえ、最後に家で見たのも6年くらい前だからかなり久しぶりに見たわけではあるが。

 ……しかし、劇場で見た当時には衝撃を受けた『ダークナイト』も、いまとなっては古臭さやアラが目立つ。ハービー・デント検事=トゥーフェイスアーロン・エッカート)の闇落ちは元からそういうキャラ設定のヴィランなんだから仕方がないとはいえ、ちょっと唐突感や無理矢理感がある(ジョーカーはデントが「切り札」だと嘯いていたが、彼がトゥーフェイスになったのはジョーカーも意図しない偶然の産物であるし)。ジョーカー(ヒース・レジャー)の「カオス」に関する演説やデントの「運」に関する演説もいかにも漫画的というか、ちょっと厨二病っぽさが強くて浮いている感じはしなくもない。「バットマンは殺人は絶対に犯さない」という縛りもその理由がこの映画のなかでは明示されないせいで(前作の『バットマン:ビギンズ』で描かれるわけだが)、展開やアクションシーンにちょっとシュールな滑稽さを与えている気がする。

 

 だが、何度見ても惹き込まれてしまう吸引力を持った作品であることは間違いない。冒頭からしてジョーカー一味が行う銀行強盗シーンのテンポ感が驚異的だし、ラウ社長(チン・ハン)を誘拐するためにブルース・ウェインバットマンクリスチャン・ベール)が香港に乗り込むシーンは物語的にはさほど重要でもないシーンであるはずなのだがギミックを活かしたアクション描写が異様に凝っている。警官隊に扮したジョーカー一味が市長を襲うシーンも絵的にかなり印象に残るし、その後に長尺で描かれるカーチェイスの迫力はこの映画の中でも随一だ。終盤における病院爆破のシーンも、ヒース・レジャーの演技のおかげもあって唯一無二なシーンとなっている。クライマックスにおけるジョーカーとバットマンのバトルはあんまり画面映えしないが、逆さ吊りになりながら哄笑するジョーカーの姿は悪夢的だ。

 クリストファー・ノーランはこのあとにも『インセプション』に『インターステラー』に『ダンケルク』と超大作を撮り続けているが、アクションシーンのテンポ間と迫力や画面の印象に残りっぷりはやっぱり『ダークナイト』が飛び抜けていると思う。他の作品以上に「異様」なところがいいし、金のかかった画面作りやアクションシーンに対抗できるだけの存在感を持つヒース・レジャーの存在もかなり貢献しているだろう。バットマンという原作の持つトンチキで異様な世界観とこの映画独特の大真面目なシリアスさの塩梅も絶妙だ。

 

 改めて最初からストーリーを追っていくと、この映画のテーマやプロットはまさにジョーカーが言った通りの「カオス」をモチーフとしていることが理解できる。

 はじめはちょっとした混沌しかなかったところが、ストーリーがすすむにつれてどんどんカオスが極まっていて、善悪のない無秩序な世界へと一直線に進んでいく構成になっているのだ。この「一直線」というところがポイントで、普通の映画なら中盤くらいに"揺れ戻し"があるところだが、この映画には後述する黒ハゲ白ハゲシーンまでそういうものはない。もちろん作劇の都合上ちょっとした"緩急"は付けられているのだが(死んだと思っていたゴードン(ゲイリー・オールドマン)がすぐに生き返るところとか)、映画全体の世界観としてはどんどん制限が外されていって「なんでもあり」になっていく。市警本部長や判事があっけなく殺害されるシーンが皮切りとなり、さらにヒロインのレイチェル(マギー・ギレンホール)が死亡してしまう衝撃の展開が最大のターニングポイントとなって、ゴッサムシティの市民のモラルはなくなっていくしアクションシーンや爆破シーンはどんどん派手で非現実なものとなっていくし顔の半分がCGでできている怪人がいきなり登場して暴れまわるし…と、リアルの世界からダークなコミックの世界へと世界観がどんどん沈んでいくような構成になっているのだ。

 最初に見たときは、『プレステージ』や『インセプション』などにあるような脚本のわかりやすい”仕掛け”は感じられなかった『ダークナイト』であるが、「物語の世界観や登場人物たちや画面作りがジョーカーが象徴するカオスの世界へとどんどん沈んでいく」ということが徹底されているのであれば、これもひとつの”仕掛け”であるかもしれない。

 そして、この映画のなかでも最も感動的で素晴らしいシーンである「二つの船と爆破スイッチ」のシーン(別名:黒ハゲ白ハゲシーン)は、ひたすらカオスへと向かっていったこの映画の世界観をすんでのところで「秩序」や「善」の側に引き戻す、という役割を担っている。それにより、ジョーカーのバットマンに対する敗北も決定付けられるわけだ。

 これまではずっとメインキャラたちが活躍していてモブキャラは扇動されるか逃げ惑うかであったところが、クライマックスになっていきなり登場したモブキャラの黒ハゲと白ハゲが主人公的な役割を担わせられる。…この展開は他の映画では見たことがないような独特なものであるし、ある意味ではジョーカーのキャラクターとかアクションシーンとか以上にこの黒ハゲと白ハゲの存在こそが『ダークナイト』のオリジナリティを担っているかもしれない。

 混沌が極まった最中に突如として挿入されるこのシーンは初見のときには「ぜったいどっちかが爆弾のスイッチ押すか両方が押すかするんだろうな」と思っていたのだが、黒ハゲのまさかの行動に呆気にとられたあとに彼の"強さ"に感銘を受けて、そして白ハゲの”弱さ”所以の正しい選択にも感動したものだ。このシーンが素晴らしすぎるせいで、その後にトゥーフェイスにケリを付けるシーンがとって付けたものというか蛇足に感じられるという問題はあるのだが……。

 

 アルフレッド(マイケル・ケイン)やフォックス(モーガン・フリーマン)というバットマンの部下たちは贅沢な配役になっている。"戦犯"であるラミレス刑事(モニーク・ガブリエラ・カーネン)やスティーブンズ刑事(キース・ザラバッカ)も出番は地味ながらひどい役回りになっていて印象に残っちゃうし、サルバトーレ・マローニ(エリック・ロバーツ)やチェチェン人ボス(リッチー・コスター)などのギャング連中も、ジョーカーとトゥーフェイスへのやられ役とはなってしまうがマフィアのボスとしての貫禄はしっかり感じられる(カオスになる前のリアルな世界なら、悪役や適役として存分に活躍できるだけの"格"を持っていた存在であったことがうかがえる)。 

 普段なら2時間半もある映画に対しては"長い"と文句を付けるわたしであるが、要素たっぷりでキャラもたっぷりな『ダークナイト』は2時間半でも短いくらいだ。次に観るのが何年後になるかはわからないが、これからしばらくも、わたしにとっては映画の金字塔的な作品のままであるだろう。