THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『セレニティー:平穏の海』

www.netflix.com

 

 舞台はカリブ海にある「プリマス島」。主人公のベイカー・ディル(マシュー・マコノヒー)は漁師を生業としつつ、観光客向けの海釣り体験サービスもやっていた。しかし、彼が自ら「ジャスティス」と名付けた海に棲む大物マグロに長年固執しており、その姿があらわれると客である観光客から竿を奪ってしまうほどの執念である。現地人の相棒であるデューク(ジャイモン・フンスー)はベイカーに呆れつつも彼のことを気にかけていた。

 そんなある日、元妻のカレン(アン・ハサウェイ)がベイカーのもとにあらわれる。彼女が再婚相手であるフランク・ザリアカス(ジェイソン・クラーク)はとんだDV男であり、日頃からカレンに暴力を振るっていて、そのせいでベイカーとカレンとの間の息子であるパトリック(ラファエル・サーイグ)も引き篭もってしまいコンピューターゲームの世界にコンピューターゲームの世界に逃げ込んでいたのだ。DVに耐えきれなくなったカレンは、ベイカーとの関係を明かさずにフランクを海釣り体験に行かせて、そこで事故に見せかけてフランクを抹殺するという策略をベイカーに持ちかけたのだった。

 いちどは道義心が優ってフランク殺害を躊躇ったベイカーであるが、カレンの誘惑にも耐えきれず、フランク殺害を本格的に決意する。しかし、「魚群探知機のセールスマン」を自称するリード(ジェレミー・ストロング)という名の男がベイカーを訪れたとき、事態はとんでもない方向に進んでいく…。

 

『マクマホン・ファイル』と同じくアン・ハサウェイの出演するNetflixオリジナルだということで見始めた。ちらほら評価を調べたところ「トンデモ映画」だという感想が目に入ったが、見始めるとなかなかどうして悪くない。マシュー・マコノヒーはいかにもハードボイルドなタフガイで陰謀に巻き込まれそうな顔をしているし、魅力的だが怪しさが漂い何を考えているかわからないアン・ハサウェイは画面に出ているだけで華がある。彼女が純然たるDV被害者なのか、それともさらなる策略を隠した悪女でベイカーまでをもハメる気なのか、というのも気になるところだ。ジェイソン・クラークは悪役として、ジャイモン・フンスーは脇役として、それぞれいぶし銀のいい役柄を演じている…。

 ジェレミー・ストロングが登場する場面だけ浮いている感じがするが、それも物語のいいスパイスとなっている。なにより、色鮮やかなカリブ海で暗い陰謀が展開するというギャップがよい…。

 

 と思いきや、ベイカーとリードが会話する場面を境に、物語のジャンルは一気に変わる。詳細は伏せるが、メタフィクション的な構造の作品であったのだ。

 このメタフィクション部分があまりに唐突で陳腐なために、この作品は批評家から酷評されて、一般の人からも「トンデモ映画」扱いされるに羽目になったわけだ。そうなっても仕方がない部分はあるが、しかし、わたしはこの作品がかなり気に入っている。

 

 この映画のようなタイプのメタフィクション作品のキモは、メタフィクションであることが判明するまではその事実をほとんど匂わせない、シリアスで現実的なストーリーを徹底することである。伏線がゼロでもダメで、少しだけ「ん?」と思わせつつも、本筋のハードボイルドやサスペンスの部分に観客の意識を集中させて違和感が表面化させない……そんな、匠の技が必要とされるのだ。

 そして、この映画は豪華で適材適所なキャスティングと、カリブ海を舞台にした陰謀に『老人と海』的な要素も加えたストーリーの興味深さとで、見事にそれを達成している。なんならメタフィクション要素がまったく無くても物語として成立するくらいだし、どんでん返しの後にもサスペンス部分はちゃんと最後までやってくれるところも気が利いている。

 なにしろ前情報を入れずに、そしてあまり期待せずに見始めたために、予想以上の面白さが得られて嬉しくなったという形である。同じくアン・ハサウェイが出演している『パッセンジャーズ』を見たときにも同様の嬉しさがあった。物語とこういう形で出会うのはいいものである。

 

『ザ・ブック・オブ・ヘンリー』に対する酷評もちょっと不当であると思ったが、全体としての完成度が低かった作品のキモとなる部分が陳腐でありきたりであるとしても、それなりの面白さや独特の良さがあったりするものなのだ。

 B級作品ばっかり見る人は本末転倒であると思うし、佳作レベルの作品を名作であるかのように持ち上げることもよくないが、「完璧な作品じゃないから酷評」することだって、思考停止であるという点ではどっちもどっちなのである。