THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『ジョジョ・ラビット』:「上手さ」の際立つ感動的な作品

 

ジョジョ・ラビット (オリジナル・サウンドトラック)

ジョジョ・ラビット (オリジナル・サウンドトラック)

  • 発売日: 2019/10/18
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

 私はそもそも「少年」が主人公の洋画が好きだ。と言っても『IT』や『スタンド・バイ・ミー』のような少年グループの青春ものは全然好きじゃないのだが、一人の少年が大人の世界の理不尽や不条理に振り回されるタイプの少年ものであれば共感できるので好きである。映画作品としても、少年グループが主人公のものよりも一人の少年が主人のものの方がより文学的で感動的な作品が多いような気がする。『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』は人生ベスト級の作品だ。

ジョジョ・ラビット』も主人公のジョジョは少年である。ヨーキーという名前の友人は一応は存在するが、彼は早々に少年兵となってジョジョの元を去ってしまい、たまに故郷に帰った時に登場するくらいだ。ジョジョの周りにいるのは「イマジナリー・フレンド」のヒトラースカーレット・ヨハンソン演じる母親、サム・ロックウェル演じる教師的な立場の軍人、そして自宅の屋根裏部屋で母親が匿っているジョジョより年上のユダヤ人少女くらいだ。ジョジョユダヤ人少女に関する「秘密」を一人で抱えながら*1ユダヤ人少女や大人たちと接していくことで物語は展開していく。

 

 この作品の予告や宣伝などではヒトラーがイマジナリー・フレンドであるというかなり奇妙でオリジナリティのある設定が強調されている。また、「ユダヤ人少女をかくまう」という設定は決して珍しいものではないのだが、少女の年齢をジョジョより少し年上に設定することで、ジョジョと年上の少女との間のちょっとした淡い恋愛感情入りのジュブナイル風の交流を描くことを可能にしている。「つかみ」のあるこれらの設定の上手さが、この映画の第一の特徴だ。

 また、大筋の設定以上に、個々の場面の描写の仕方や脚本的な工夫などからも「上手さ」を感じられる。特に、ある場面でスカーレット・ヨハンソン演じる母親の靴を何気なく強調すること(大人と子供の身長差を利用した演出であることがまた自然で上手い)が後の重要な場面でかなりの効果を発揮すること、「ハイル・ヒトラー」の挨拶を連続で行う場面がギャグシーンとして描かれた直後に緊迫感のあるシーンでも利用されることなど、「技巧」を意識せざるを得ない場面が多々ある。この上手さもここまでくると良し悪しというか、「あざとい」「これ見よがしだ」という感想を持つ人もいるかもしれない。

 また、俳優陣も素晴らしい。何と言ってもスカーレット・ヨハンソン演じる母親はセクシーでゴージャスでありながら「親」や「母」であることがしっかり強調されている役柄であり、これまでのスカーレット・ヨハンソンの役柄のイメージと全く違っているのが素晴らしい。一方でサム・ロックウェルは『リチャード・ジュエル』に登場する弁護士と全く変わらない「頼れる頑固者」の役柄のままだが、なにしろ頼れる頑固者の演技が板につき過ぎているのでこちらも良い。主人公のジョジョを演じるローマン・グリフィン・デイヴィスも子供離れした演技力であるし、脇役のヨーキーを演じるアーチー・イェーツも良い*2

 最後のシーンの爽快感や開放感も素晴らしく、私は劇場で泣きそうになるくらい感動した。感動した理由は、作品自体のレベルの高さや「上手さ」と、そもそも少年が主人公の作品が好きであるという私の好みとの相乗作用だ。いずれにせよ、かなり質の高い作品であることは間違い無いだろう。

*1:イマジナリー・フレンドのヒトラーと秘密を共有してはいるのだが。

*2:子役という存在には児童に対する搾取や虐待の可能性が付きまとうので、手放しで子役の存在を肯定することはあまりしたくないのだが。