THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『インヒアレント・ヴァイス』

 

インヒアレント・ヴァイス(字幕版)

インヒアレント・ヴァイス(字幕版)

  • 発売日: 2015/08/19
  • メディア: Prime Video
 

 

   前回の無料期間が終わる直前にU-NEXTを解約して、数ヶ月じっと我慢していたらついにU-NEXTから「また一ヶ月だけ無料期間を体験させてあげるよ」というメールが届いたのですぐに再登録。それで、たしか前回には見放題ではなかった『インヒアレント・ヴァイス』が見放題になっていたので観た。

 

 ポール・トーマス・アンダーソン監督でトマス・ピンチョンの『L.A.ヴァイス』が原作。冒頭からしロバート・アルトマンの映画版『ロング・グッドバイ』を思い出したが、Wikipediaを参照したところやはり意識されていたらしい。また、この作品の数年後である2018年に公開された『アンダー・ザ・シルバーレイク』は『ロング・グッドバイ』と『インヒアレント・ヴァイス』の両方を参考にしているようだ。要するに「(1970年代の)ロサンゼルスを舞台にして起きる摩訶不思議な事件を追い求める探偵(的な役割)の主人公が次々に登場するミステリアスな登場人物やサイケデリックな舞台に翻弄されながらもなし崩し的に真実にたどり着く」というお話である(『アンダー・ザ・シルバーレイク』の場合は舞台は現代であるし主人公も正規の探偵ではないが、まあ似たようなものである)。

 これらの三作のなかでは私は『ロング・グッドバイ』が断然好きだ。『インヒアレント・ヴァイス』や『アンダー・ザ・シルバーレイク』ほどの文学っぽさはないかもしれない*1。しかし、上映期間が2時間半に近い他二作に比べて2時間弱の『ロング・グッドバイ』はスッキリまとまっているし、テンポの良さや小気味の良さが全然ちがう。また、探偵役である主人公はいずれの作品でも繊細な人物ではあるが、『ロング・グッドバイ』の場合はノリが良いしユーモアも豊富だ。単純に面白い映画作品として楽しめるのである。 

 それに比べて『インヒアレント・ヴァイス』や『アンダー・ザ・シルバーレイク』はなにしろゆったりしていてテンポが悪い。個々の登場人物やキャラクター自体は良いのだが、特に『インヒアレント・ヴァイス』はひとつひとつのシーンが長くて飽きてしまう。これはポストモダン作品といえども小説を原作にしていることの弱みであるかもしれない。そしてポストモダンであるがゆえに物語としての痛快さも失われていることもまた問題だ。

 とはいえ、『インヒアレント・ヴァイス』でホアキン・フェニックスが演じる主人公の存在感はさすがのものであるし、ジョシュ・ブローリンが演じる主人公の宿敵なポジションの刑事はホアキン・フェニックス以上に奥が深くて印象に残る存在だ。一方で、ハードボイルドものやノワールものらしく、女性キャラクターたちはミステリアスなことを言って性的サービスをしてくれてから去っていくだけの客体的で都合の良い存在となっている。

 しかし、「ヒッピー」という感じを前面に出すためとはいえ、セックスとドラッグを前面に出さ過ぎていて胸焼けしてしまう。日本では団塊の世代が嫌われがちな一方で、アメリカではいまだに若い連中も含めてクリエイターたちは1970年代のヒッピー文化やカウンターカルチャーに憧れている節があり、当時をロマンティックに描く作品が定期的にあらわれる。だが、カウンターカルチャーなんて所詮は怠惰で退廃的で非生産的でロクなものじゃないなと思う。そういう点ではヒッピー連中を明確な敵役として描いた『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』はよかった。

 映画全体としては音楽の使い方は当時の名曲の選曲も含めて素晴らしいし、ここぞというところにおける画面のつくり方や演出も素晴らしい。だが、煙に巻かれながらぐねぐねと回り道をしながら結局は推理もクソもなく棚ボタ的に事件が解決するというストーリーは、ハードボイルドものやノワールものにはありがちなものとはいえ、カタルシスに欠ける*2。これで上映時間が90分や2時間弱であれば画面づくりや俳優の演技などの妙味を堪能して満足することもできるが、2時間半はやっぱり長すぎるのだ。

*1:とはいえ、フィリップ・マーロウをあえて1970年代のロサンゼルスに蘇らせて原作とはかなり異なるの結末のストーリーを描くことには、充分な批評性がある。

*2:『マザーレス・ブルックリン』もこんな感じだった。