THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『鬼畜』

 

鬼畜

鬼畜

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 印刷屋を営む主人公(緒形拳)は、川越で妻(岩下志麻)と暮らしていながら男衾に別の女(小川真由美)を囲っており、その女に3人の子どもを産ませて育てさせていた。ときおり妻の目を盗んで金を渡しに行っていたが主人公だが、印刷所の経営が苦しくなってしばらく放置していたところ、女の方から印刷屋に乗り込んできた。そして、妻との間で壮絶な口論が起き、女は子ども三人を主人公に押し付けて蒸発してしまう。妻は自分が産んだわけでもない三人のことを苦々しく思い、当然のごとく虐待する。そして、末っ子の赤ん坊は育児放棄の果てについに衰弱死してしまう。そのことをきっかけに、妻は残りの二人の子供も始末するように唆して、主人公もそれに流されて真ん中の子を東京タワーに置き去りにして、長男も旅先で殺害しようと試みる…。

 虐待されて悲惨な目にあう子どもたちが最大の被害者であることは言うまでもないが、主人公・妻・子どもの母親らもそれぞれに非常にキツくて苦しい目にあわされる、まさに地獄のような状況を描いた作品である。しかし、その状況は誰かの悪人性や冷徹さによってもたらされたわけではなく、もとはといえば主人公の無責任さや計画性のなさや気の弱さなどの人間的な弱さによって端を発していることがポイントだ。こんな悲惨なストーリーであっても、いわゆる「悪人がいない」作品なのである(主人公の妻役が子どもたちに行う虐待は相当ひどいが、それでも彼女も状況の被害者であることには変わりない)。終盤、旅行先の旅館で久しぶりに息子と二人っきりになった主人公が酒を飲みながらしんみりと自分語りを初めて、本人も親からネグレクトを受けていて学校でも友達ができずに早々に奉公に出された挙句に給金を親に前借りされていたという実に孤独で大変で悲惨な目にあっていたことが明かされる。そのため、観客は彼に対してもかなり同情することになるのだ。

 子役の演技はひどいものであるが、それはそれで独特の不気味さやリアリティが表現されているように思える。他の家庭の子供たちを見て羨ましそうにしたり主人公の妻のことを鬼婆のように描いた落書きをするシーンなどはあるが、子どもたちが現在の状況や自分をひどい目に合わせている大人たちについてどう思っているか、直接的にはほとんど明かさないところもこの映画のキモだ。だからこそ、最後の最後で長男が警察たちの前で父親のことを「父ちゃんじゃない」というシーンも、父親をかばっているのか父親のことを見放したのかどちらとも取れる絶妙な名シーンとなっている。また、東京タワーに置いてけぼりにされたきり二度と登場しない真ん中の子の存在もかなり不気味だ。

 自分で海に突き落としながら、子どもが生きていると知るとほっとしたり父親であることを否認されると泣き崩れたりする主人公の複雑な心情に共感させる構成は見事なものだ。同じ原作と監督のコンビによる『疑惑』と同じく、罪深い人間の姿を絶妙に描いた作品といえるだろう。