THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『紅海リゾート -奇跡の救出計画-』

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 1980年代、内戦状態にあるエチオピアでは多くの国民が苦しんでいたが、そのなかでも特に危険にさらされていたのがユダヤエチオピア人たちである。現地のユダヤコミュニティの有力者であるカベデ・ビムロ(マイケル・ケネス・ウィリアムズ)は、同胞たちをイスラエルに避難させることを望む。そして、カベデの頼みを聞いたモサドのエージェントであるアリ・レヴィンソン(クリス・エヴァンス)は、大胆な難民救助計画を考案する。

 スーダンの海岸沿いにある閉鎖中のリゾートをモサドで買い取り、リゾート経営を隠れ蓑としながら、エチオピアから内陸でスーダンまでたどり着いた難民たちを船に乗せてイスラエルに移送させる中継地点とする…それが、アリの計画だった。荒唐無稽なこの計画は実行に移されることになり、元戦場医のサミー・ナヴォン (アレッサンドロ・ニヴォラ)や女性暗殺者のレイチェル・ライター(ヘイリー・ベネット)などがアリとともに任務に赴くこととなった。

 当初はあくまで形だけの経営をするつもりだったが実際に観光客が訪れてしまい本物のリゾートして運営しなければならなくなった、というトラブルも生じるが、結果的に観光客たちがカモフラージュとなってくれて、一度は銃撃戦が起こりつつも、難民の救助は順調に進んでいた。

 しかし、狡猾で目ざとく残酷なスーダン軍のアフマド大佐(クリス・チョーク)がリゾートの怪しさや難民の数が減っていることに気付きだし、だんだんと救助計画の存在がバレそうになっていく。アリとカブドはできる限りの人命を救うように奮闘するが、理想を追求するあまりに仲間までをも危険に晒してしまうアリに対してサミーの怒りが爆発したりもする。そして、カベデが難民救助の主導者であることがバレてしまったことやアフマド大佐の部下をレイチェルが殺害してしまうハプニングなどを原因として、ついに状況は一刻の猶予もない緊迫したものとなっていく…。

 

 フィクションとしか思えないような大胆な救助作戦の実話に基づいた映画、という点では『アルゴ』に近い感じの映画だ。『アルゴ』と同じく、直接的な戦闘や銃撃戦はあまり発生しないので、それ以外の点でどう魅せるか、というのが肝心となる。

 史実に基づいた映画では登場人物をあまり理想化せずに彼らの欠点や悪癖も描くことが定番であるが、この映画ではあえてアリのヒーロー性を強調しているところが特色となるだろう。サミーに怒られるような無謀さという欠点も、それだけ自己犠牲的に理想を追求している高潔な人間だという美点の裏返しだ。女性を虐げるアフマド大佐に食ってかかるシーンやクライマックスで飛行場に集まった全ての難民を救うことを主張するシーンなどは、まさにヒーロー映画の登場人物だ。クリス・エヴァンスキャプテン・アメリカのイメージが強すぎるせいで『ナイブズ・アウト』などでは損をしていた感じもあるが、こういう映画ではそのイメージがプラスに転じるものだ(キャプテン・アメリカが現実世界で活躍している、という印象にもなってしまうが)。その流れで、いかにも女性アサシンらしい活躍をするレイチェルにもブラック・ウィドウを連想してしまった。そもそも、様々な分野のプロフェッショナルが協力する「チームもの」な作品である点もアベンジャーズっぽい。製作陣もちょっとは意識しているかもしれない。

 悪役であるアフマド大佐も、ヴィランらしい堂々たる悪役っぷりである。ユダヤ教が大きく関わってくる映画であるためか、イスラム教の悪い側面(権威主義女性差別など)がアフマド大佐には投影されている。ちょっと作りすぎなキャラクター造形であるためにリアリティを損なっている気はしたが、事実を基にした映画でありながらも「善と悪の戦い」という要素が強調されているおかげでエンタメ性が出ていると言えるだろう。

 

 ただし、本筋の展開はさほど面白いものではない。表立った戦闘がない代わりに移送作戦がバレるかバレないかのサスペンスが主な要素となるのだが、そこにあんまりハラハラ感がなかったのだ。後半にアフマド大佐の追跡を免れるために海からではなく空港から脱出するシークエンスも、もっと盛り上げようがあったものだと思う。海岸での銃撃戦における画面の暗さもよくなかった。

 その代わりにこの映画でいちばん印象に残るシーンは、殺到する観光客に対応してモサドのエージェントたちがリゾートを本格的に運営することになってしまい、彼らもまんざらでもなくリゾート運営を楽しむシーンであるだろう。このシーンはこの映画の元となる史実の面白さやファンタジー性が詰まっていて、段違いに魅力的だった。

 

 しかし、宗教は同じであるとはいえ血の繋がりはだいぶ薄いはずのエチオピアの同胞すらをも大胆な計画を実行してまで救助する、イスラエルの行動力や胆力や意志力はすごいものだ。この映画ではそこのあたりはあまり強調されていないが、ここをもっとフィーチャーしているとより感動的な作品になっていたと思う。