THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『はちどり』

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 1994年を舞台に、韓国の首都ソウルに住む14歳の女の子、ウニ(パク・ジフ)がロクでもない家族に苦しめられたり友人関係や恋愛で色々とつらい目にあったりしながら憧れの先生なんかと出会っちゃったりしていいことも多少はある、というそんな感じの映画。キム・ボラ監督の自伝的な作品であるようだ。

 自伝的な作品だけあって「人生のある時期を切り取った」という感じが強く、ストーリーに明白な起承転結はあまりない。ただし、漢文塾の女性教師であるヨンジ(キム・セビョク)との出会いから別れまでが描かれているところが縦軸にはなっている。基本的にウニはつらくてネガティブな目にあっているのだが、ヨンジに色々と相談したり励まししてもらうことでつらい環境に対抗できるだけの支えや勇気を手に入れて、しかしある大事件をきっかけにヨンジとの別れを余儀なくされて……という感じ。このヨンジはソウル大学に通っているという設定で(よく知らないけど日本でいう東大みたいなものだろう)、知的であり化粧っ気のなく自立心もありそうでリベラルな雰囲気は漂っているが社会適応能力にはちょっと欠けていそうであり、また微妙に同性愛っぽい雰囲気が漂っていて、いかにも少女が憧れそうな「頼れる同性の大人」という感じだ。

 ヨンジのほか、後輩であるユリ(ソル・ヘイン)とも一時的に「百合」っぽい関係になる。ただし、ユリの方から告白してきたくせに、学期が変わったら「あれは前学期の話です」とすげなくウニを突き放す。ユリが「姉御になってください」とウニに頼んだということは、彼女たちの通う学校(あるいは当時のソウルの女学校全般)で、先輩と後輩で擬似的な姉妹関係を結ぶというソレがあるのだろうか。なんにせよ、主人公はユリだけでなくヨンジにも同性愛っぽい感情を抱いていることは間違いない。ただし、主人公が同性愛者であるというわけでもなくて、女子中学生特有の同性に対する独特な感情、という程度の温度感で描かれているようだ(これがわびさびの皆無なアメリカで作られた作品であったら主人公は明示的に同性愛者と設定されるかそうとは設定されずに百合っぽい描写もなくなるかのどちらかであっただろう)。

 同性愛ではないとしても、全体的にシスターフッドな映画であることは間違いない。ウニの家族は、父(チョン・インギ)だけでなく兄(ソン・サンヨン)も妹に暴力を振るってくるロクでもない家庭だ。ウニには男性のチョン・ユンソ(ジワン)がいることはいるけれど、そのボーイフレンドは他の女の子ともイチャイチャしたり母親に頭が上がらない頼りない存在である。韓国社会の家父長制を批判している要素があることは間違いないが、そうでなくとも、14歳の女の子の主観からすれば男はだいたい敵だろうということも理解できる。なので、"私小説"的な作風がテーマとマッチして、フェミニズムっぽいメッセージが押し付けがましくなく描かれている作品でもあるのだ。

 

 しかし、家庭内暴力の描写はちょっとエゲツない。父親が娘に手をあげるというのも大概だが兄が妹に暴力を振るうというのもひどいし、それも鼓膜を破るほど殴ったりもする始末である(このときにウニの耳を診察する医師(チョン・ギョンソプ)は事情を察して「証拠になるから診断書も必要か?」などと提案してくれる、この映画の男性としては珍しいウニの味方側の人物だ)。父親は子供たちが受験戦争に勝ち抜いていい大学に行くことを望んで、世間体をやたらと気にして、そのくせ自分はこっそり浮気していると、絵に描いたようなダメな家父長である。受験や親の期待などのプレッシャーが原因とはいえ妹を殴る兄だっておかしい。

 ウニがヨンジに困難への立ち向かい方を教えてもらうシーンもあることから、さすがにこの家族の状況がこのまま続くことはなくて途中でなにか変化が起きるんだろうな、と思って見ていたら、最後まで特に変化は起こらない(ウニが反抗する場面はあるが、そのせいで兄に殴られて鼓膜が破られて病院に行って、反抗の結果はうやむやになる)。父親が母親に暴力を振るって耐えきれなくなった母親がランプをぶつけて父親を怪我させたかと思ったら、次のシーンでは父と母が仲良くテレビを見ていたりするなど、家庭内暴力はありながらも家族が破綻することはないという状態が続くのだ。ドラマ的な映画なら納得がいかないところだが、"私小説"的な映画なら、これはこれでありだと思える。たしかに現実で家庭内暴力が起こっている家庭でも事件化して裁判所が介入することはまれだろうし、愛憎半ばであったりとか逃れるコストの方が大きかったりとかの理由で関係を継続する家族の方が多いのだろう。

 家庭内でも父親に対しては敬語を使うところ、父親は息子がいい大学にいったり生徒会長になったりすることにやたらと固執するところは、中高生の頃に友人であった在日コリアンの同級生の一家が全く同じような感じであったことを思い出した。当時は気が付かなかったが、彼の家のあの厳格さも韓国社会の家父長制に由来するものだったのだろう。

 ウニの親友であるジスク(パク・ソユン)は、お互いに家庭内暴力に悩まされる「戦友」ではあるが、一緒に万引きすることを持ちかけておきながら捕まったらウニを売り渡すという信頼の置けない相手だ(そもそも遊び感覚で万引きするなよと思うが)。ウニの姉であるスヒ(パク・スヨン)も、発覚したら殴られることがわかっているのによくボーイフレンドを家のなかにこっそり招き入れて泊まらせたりする、なかなか大胆な人物となっている。そのボーイフレンドの運転する車で崩落事故の直後のソンス大橋を見に行き追悼を行うシーンがこの映画のクライマックスとなっているのだが、ずっとソウル市内の団地や教室や通学路ばかりが描かれていて閉塞感の強かったシーンが続いていたところで、漢江の雄大な景色が映ることになるので、なかなか印象的な場面となっている。

 

 青春っぽさのある画面の彩度とか、植木や街路樹が多いソウルの風景もいい感じなのだが……しかし、この内容で2時間15分以上あるのは、いくらなんでも長過ぎる。後半はさすがに退屈しきってすっかり飽きてしまい、「まだ終わらないのかな」「いつ終わるのかな」となっていた。劇場で観たからまだいいが、配信で見ていたらぜったい集中力が保たなかったと思う。エピソードの取捨選択をちゃんとしていれば90分でも描けるような内容の作品だったと思うが、しかし、映画としてしっかりした構成にさせてしまうと"私小説"感が出せなくなる、というジレンマはあるかもしれない。