THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『アップグレード』

 

アップグレード (字幕版)

アップグレード (字幕版)

  • 発売日: 2020/05/26
  • メディア: Prime Video
 

 

『透明人間』が面白かったので、同じリー・ワネル監督のこちらも鑑賞。

 AI機能搭載のスピーカーやドローンが当たり前になっているだけでなく、義手や義足などの人体改造技術も発展した、やや近未来な世界が舞台。主人公のグレイ(ローガン・マーシャル=グリーン)は昔ながらのエンジニアだったが、実業家のエロン(ハリソン・ギルバートソン)の元に妻と一緒に訪れた帰りにAI操作の車が暴走して転覆し、そこにはフィスク(ベネディクト・ハーディ)という男をリーダーとしたゴロツキたちが待ち構えていて、妻は殺されてしまい主人公も四肢麻痺な状態になる。しかし、エロンが開発した超高性能AIチップであるSTEMを身体に埋め込む手術を極秘裏で行なった結果、四肢の機能がすっかり回復した。しかし、それだけでなく、STEMがグレイに語りかけるようになったのだ。そして、STEMはその高性能を活かしながら、グレイによる妻への復讐を手助けしてくれるようになる。STEMに身体のコントロールを委ねれば、ゴロツキとの格闘も楽勝なものだ。しかし、ゴロツキの命まで取る気はなかったグレイの意思を無視してSTEMがゴロツキを殺してしまったせいで、グレイも後にはひけなくなってしまった。女性刑事のコルテス(ベティ・ガブリエル)はグレイを怪しんで彼を捜査の対象とするが……。

 

「どう考えてもこいつが怪しいだろう」というエロンを隠れ蓑にして観客の注意を引っ張っておきながら、真犯人は別のところにいた、という展開がなかなか面白い。「衝撃の展開」というほどの意外さはないのだが、わたしは「そう来たか」とちょっと驚いて、楽しむことができた。

 エンディングは冷静に考えると善人が死んで悪が勝利する後味の悪いバッドエンドであるはずなのだが、ラストのどんでん返しの軽快さや重過ぎも軽過ぎもしない絶妙な作風のバランスなどで、気にならなかった。バイオレンスアクション・ホラー映画と書かれているが、グロ描写がちょっと過剰なだけな、良質なSFサスペンスであると思う。

 

 グレイを復讐の道に誘ってゴロツキを容赦なくぶっ殺すロクでなしのSTEMであるが、STEMのスーパーパワーで調子にのるグレイに焦ったり、後半になるとグレイと一蓮托生になるところなど、妙に人間味があるおかげで憎めない存在になっている。凡人であったはずのグレイが人体改造された悪役たちを軽くいなしてしまうところも「なろう」感があって面白いものだ。

 そして、バトル面のボス敵であるフィスクがかなりいい味を出している。特注の人体改造技術によりSTEMによる身体コントロールでも追いつけないほどの運動能力を持っており、さらに体内にナノマシンを飼っておりくしゃみをするだけで人を殺すことが可能という、アクション映画というよりもはや能力バトル漫画の敵キャラみたいな存在だ。出番は少ないながらも、小物っぽい悪役面とは裏腹に「仲間思い」な人物であることが観客にしっかりと印象付けられるし、バーの店主やエロンの部下たちをあっけなく殺害してしまうシーンのおかげで強敵感の描写もバッチリだ。ちょっと『ゴッドファーザー』のフレドを思い出させるようなベネディクト・ハーディの容貌が小物っぽさを醸し出しているからこそ、意外な大物感にワクワクするのだ。そんなフィスクをやっつける方法が、人間の心にはわからないSTEMには思い付かず人間であるグレイだからこそ実現できる血も涙もない「煽り」であるというところも、能力バトル的にクールな決着であるだけでなくこの作品のテーマにも絶妙に関わっている、見事な演出だと言えよう。

 リー・ワネル脚本の『SAW』シリーズはフルで観たのは1作目だけであるが、自己中心的でロクでもない悪役であるはずのジグソウが勝ち逃げしてしまう展開がとにかく不愉快でたまらなかった。しかし、この作品は同じ「悪役の勝ち逃げ」展開でも、伏線のうまさや途中のバトル展開のワクワク感やキャラクター描写の塩梅などのおかげで、不快感が全くない。この映画の「上手さ」はあくまでエンターテイメントを成立させるためのギミックの妙味であり、フェミニズム的なテーマをうまい具合にホラーに落とし込んだ『透明人間』の方が批評的な価値や映画としての「格」がずっと高いとは思うが、『アップグレード』みたいな映画にもそれはそれで価値があるものだ。