THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『密航者』+『オキシジェン』+『バッド・バディ! 私とカレの暗殺デート』

●『密航者』

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 火星への移住のための諸々の研究という重大なミッションを背負った艦長・植物学者・医者の三人組のチームがシャトルに乗っていたところ、工事中だかなんだかで想定外の人物がひとり乗っていることが判明して、それで酸素が足りなくなってしまうのでどうしよう、というストーリー。

 邦題とは裏腹に、「密航者」は意図的にシャトルに乗ったわけではなく、罪のない彼を他のクルーの生命やミッションの遂行のために殺すか殺さないか……というジレンマが話のポイント。設定にかなりの無理があるのだが、「密航者」役のシャミア・アンダーソンも彼によっていちばんの被害を受けることになるダニエル・デイ・キムも、艦長のトニ・コレットも、そしてなんと言っても主人公のアナ・ケンドリックも、みんながみんな「善人」感が漂っており悪意がまったくないので、古典的で陳腐ですらあるはずのジレンマがかなり説得力やドラマ性を持つことになる。「密航者」と正規メンバーが交流をするシーンは時間的にはそんなに尺が割かれていないのだが、ツボを押さえた描写のために感情移入がしっかりできるのだ。

 後半の宇宙船外での作業シーンはおそらくリアリティがあるだろうけれど絵面の問題で退屈であるというか、こういうのは『ゼロ・グラビティ』や『オデッセイ』でもっとすごいの観てきたからもういいよ、という感じはしてしまう。また、クライマックスの展開は映画的にはかなり面白くなく、ドラマ性に欠ける点は否めない。

 とはいえ、この映画では主役のアナ・ケンドリックの魅力が存分に発揮されている。良くも悪くも「ノリはいいけど教養の足りない女の子」な役をやらされがちなアナ・ケンドリックであるが、彼女の真の魅力は、生真面目さとお人好しで社交的なチャーミングさを両立しているところや、ゴージャスだったりエレガントだったりになり過ぎない平凡さにあるのだが、医療従事者ということもあってケア能力と生真面目さまじめさが全面にでているこの映画の役柄は彼女にピッタリだ。他のふたりの正規クルーが「密航者を殺すしかないかな」と囁きあってるところを常に彼のことをケアしたり元気付けたりしているところは「天使」という感もあって、実に可愛らしい。

 そんな彼女が最後に自己犠牲を選択して、そこに「人生の意義」を見出すという結末は、創造力にも批評性にも欠けることは否めないし、どちらかというと批判されるべきであるだろう。とはいえ、わたしはなんとなく説得力を感じてしまった。出来は良くないんだけれど生真面目がゆえに嫌いになれない映画という感じだ。

 

●『オキシジェン』

 

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『密航者』と同じく女性主役であり「酸素」が重要なポイントとなるSFものであるNetflixオリジナル作品の『オキシジェン』も続けて鑑賞。

 通話や回想シーンを除けば劇中の登場人物はメラニー・ロランが演じる主人公ただひとり。かなり美人な女優である彼女も、ずっとアップで映されていたらシワなどに目がいってしまうし、そして基本的には主人公はずっとポッド内で寝たきりで拘束されているので、画面的には退屈このうえない。さらに、「残り酸素が少ない状態で、外界との通話も行いながら生き延びようとする…」というサバイバルスリラーとなるといかにもつまらなそうなのだけれど、冒頭ですこしだけ匂わされているSF要素が少しずつ示されていって主人公を取り巻く世界の状況や主人公自身の存在の秘密が徐々に明らかになっていくという構成や脚本の妙味のために、ストーリーは二転三転して、観客の興味を惹き付け続けられる作品となっている。

 とはいえ、「固定した絵面のなかでどうやって観客を飽きさせずに壮大なストーリーを展開するか」という作り手側のチャレンジが露骨というか、たしかにやっていることは技巧性に優れていて感心に値するんだけれど、似たようなテーマやモチーフを扱いつつワンシチュエーションではない普通のSF映画のほうが映画として素直に面白いのではないか、という気はしなくもない(『パッセンジャー』とか『月に囚われた男』とか)。メラニー・ロランの美人っぷりも活かせられていないしね。

 

●『バッド・バディ! 私とカレの暗殺デート』

 

 

『密航者』のアナ・ケンドリックが天使過ぎたので彼女の出演作品を検索したところ、サム・ロックウェルと共演しているこの作品が出てきた。いかにもつまらなそうなタイトルだけれど、俳優がいいし肯定的なレビューも見かけたので、鑑賞することにしてみた。

 この作品でのアナ・ケンドリックは天使と反対の小悪魔みたいなキャラクターになっているが、それはそれで可愛らしい。一方のサム・ロックウェルは、せっかくのメインキャラなのに魅力がぜんぜん出ていない。『アイアンマン2』で敵役を演じていた時もそうだけれど、おちゃらけたお調子者な役柄は彼にはまったくふさわしくないようだ。

 作品としても、ティム・ロスを筆頭とする敵キャラクターたちが凡庸であるのに人数が多くてしかも出ずっぱりである点が、だいぶマイナスな方向に作用している。邦題通りに「 私とカレ」の関係性をメインにして、敵陣営とはクライマックスで一気に戦闘させるほうが良かっただろう。ヒロインが「殺し」の能力に覚醒してからの活躍の描き方も月並みで、大したものではない。しかし、サム・ロックウェルアナ・ケンドリックにナイフを投げまくりながら彼女を「覚醒」させるシーンはワクワクするし、冒頭でのヒロインの描写など、光るものがチラホラある。いまの時代に、ちゃんとした脚本家や監督が担当していたならずっと面白くなっていたであろう作品という感じだ。