『シンプル・フェイバー』&『マイレージ、マイライフ』
●『シンプル・フェイバー』
お節介焼きでお人好しで気が弱いシングルマザーでありステファニー(アナ・ケンドリック)は、おしゃれで酒好きでアパレル会社のPRディレクターをしているバリキャリOLママなエミリーと、ふとしたきっかけで仲良くなった。エミリーはステファニーに子供を迎えさせるなどこき使うが、人に頼られることを嬉しがるステファニーは苦にも思わない。そして、ステファニーは他の誰にも言わなかった秘密をエミリーに打ち明けるほどの親友になる。しかし、ある日、エミリーが失踪して彼女の遺体が湖から発見される。ステファニーは意気消沈であるエミリーの夫のショーン(ヘンリー・ゴールディング)に気を遣って彼の世話をするが、そのうちにステファニーとショーンは肉体関係を結んでしまった。そして、それぞれの子供を含めた家族ぐるみで仲良くなるはずなのだが、そのうちに子どもが「死んだはずのエミリーを見かけた」と言い始めた。最初は取りあわなかったステファニーであるが、やがてエミリーから電話がかかってきて……。
公開当時に流れていた予告編の印象からはシリアスなサスペンスという感じであったし、実際にこの作品の前半はシリアスな雰囲気が多少ある。エミリーはいかにもレズビアン風な雰囲気が漂い、「女が惚れる女」という感じであって、そんなエミリーにステファニーが籠絡されていく過程が描かれる。また、ステファニーは義兄と性的関係を持っていて、夫はそれに嫉妬して義兄と無理心中したらしいことが明かされる。ステファニーは育児や料理の動画を投稿するビデオブロガー(YouTuberみたいなものだ)であるが、亡くなったエミリーのことも詳細に動画で取り上げたり、また作品の後半ではエミリーに対して露骨な挑発的なメッセージを送るなど、ちょっと心理的におかしいところがある。エミリーはエミリーで「悪女」であることは間違いないので、『ゴーン・ガール』や『サイド・エフェクト』系列の、本格的な心理サスペンスかなと思わされた。
……しかし、「双子」というミステリーとしてはやっちゃダメなレベルでのグダグダなトリックに、最後にエミリーを追い詰める際の茶番劇など、前半に漂っていたシリアスさや心理サスペンスは終盤になるにつれて雲散霧消する。悪女であるエミリーはコテンパンにやられて、ステファニーにもエミリーにもいい顔をしていた優柔不断なショーンも相応の報いを受けて、そしてステファニーは圧倒的勝利を収めるのだ。要するに、蓋を開けてみたら痛快娯楽映画だった、ということだ。義兄との性的関係のステファニーの"後ろ暗さ"の描写の存在意義はよくわからないが、どちらかというと女性の観客を対象にした映画であることを考えると、女性に特有の妄想とか欲望とかを描いてステファニーに共感させるための要素であったのかもしれない。
というわけでミステリーやサスペンスとしては大したことがない作品であるし、上に挙げた『ゴーン・ガール』や『サイド・エフェクト』のような完成度は望むべくもないが、痛快志向な低俗サスペンス映画と割り切ってしまうと、なかなか面白い。これでショーンあたりが死んでいると後味が悪くなっていたところだが、ステファニーだけでなくショーンも事件をきっかけに成功して、刑務所に入ったエミリーすらもそれなりに楽しい人生を送っていることが示唆されるエンディングは実に爽やかだ。ほとんどテロップだけで説明される、取ってつけたような描写ではあるのだが、これがあるだけで作品自体の印象がだいぶ良くなる。。
そして、なんといっても注目するべきは、ステファニーを演じるアナ・ケンドリックの可愛らしさである。特に、前半は自立していて凛としていてセクシーなエミリーとの対比で気弱でおどおどしていて人の顔色を伺うお人好しな役柄になっているのだが、自信がなさそうな上目遣いのぎこちない笑顔がたまらない。服装もステファニーとの対比のために年齢に似合わないくらいに子供っぽいのだが、これがまた似合う。エミリーへの仕返しを考えるようになる後半からは威勢が強くなってしまうが、そのギャップも悪くないものだ。
身長が低くて小顔であることやげっ歯類系の不安感漂う顔付きなどが特徴なアナ・ケンドリックであるが、この作品におけるエミリーや後述する『マイレージ、マイライフ』のナタリーなど、「か弱さ」や「頼りなさ」「不安定さ」が重要となる女性キャラクターを演じるにはピッタリな外見をしている。アマンダ・セイフライドにも似たようなか弱さや不安定さは存在するが、セクシーさが前面に出すぎているアマンダ・セイフライドに比べると、真面目であったり(表向きには)清楚であったりするキャラクターを演じるにはアナ・ケンドリックの方が向いている。
エミリーのキャラクターに関しては、前半では理知的でカリスマ性も漂う妖艶な悪女であったものが、後半になると知性があまり感じられなくなりルーツもショボいことが判明してしまうのが残念なところだ。痴女としか言いようがない格好をして墓場にあらわれるシーンは笑ってしまったが。
一方で、そんなエミリーの尻にひかれてしまいステファニーと肉体関係を結んだ後にもエミリーには逆らえないショーンは、情けないながらも憎めない、いいキャラクターをしていると思う。エミリーのママ友(パパ友)仲間であるアンドルー・レイノルズも実においしい役柄をしている。いわゆる「女と女」系の作品であるが(そういう意味では『ゴーン・ガール』よりも『疑惑』の方が近いかもしれない)、男性キャラたちもあくまで女性二人の引き立て役ではあるとはいえ悪くない扱いを与えられている。そういうバランス感覚は評価できるかもしれない。
●『マイレージ、マイライフ』
学生のときに映画サークルが大学のホールを使って上映会していたのを見にいって以来なので、10年以上ぶりの二度目の鑑賞。
この作品にもアナ・ケンドリックが出演しており、彼女目当てで見始めたが、見ているうちに主役であるライアンを演じるジョージ・クルーニーの方に惹かれてしまった。さすがのイケメンっぷりである。
なんとなく『マイ・インターン』的なユルめの「お仕事映画」というイメージを抱いていたのだが、改めてみるとけっこうシリアスでビターな作品だった。さすがは『タリーと私の秘密の時間』のジェイソン・ライトマン監督なだけある*1。
ライトマン監督本人が「この映画は哲学的な映画だ」と言っているそうだが、たしかに「家族や恋人なんて邪魔だ」「人間は動き続けなければいけない」と言ってせわしなく飛行機で飛びまわるライアンの、"身軽"ではあるが虚しく楽しくもなさそうな姿を描き切っているところは幸福に関する哲学的見解を連想させられる。 ライアンが憧れの1000万マイルを突破したときの機長との会話における、「空虚さ」の表現の仕方はなかなかに見事だ。
似たようなテーマの作品だと大概はハッピーエンドで収まるところを、終盤になってアレックス(ヴェラ・ファーミガ)への想いが破局したりある人物の「死」が突きつけられたりナタリーが辞職したりして、最後は空港の電光掲示板の前で立ち尽くすライアンの姿が描かれてと、予想以上にビターな終わり方をするところがいい。そもそもが「リストラ」に関する物語であり、ライアン以外の登場人物たちも決して幸せそうではないところもポイントだ。
そして、数々の助演女優賞にノミネートされただけあって、ナタリーを演じるアナ・ケンドリックも輝いている。酸いも甘いも嚙み分けていて恋愛や人間関係を軽んじるベテランなライアンの対局となる存在として、大学を首席で卒業はしたが新入社員一年目で青二才で理想主義者なナタリーのキャラクター性に、先述したようなか弱さや頼りなさや真面目さが漂うアナ・ケンドリックの女優としての性質がベストマッチであるのだ。特に、恋人に振られたことをライアンに打ち明けて泣き出すところがめっぽうに可愛らしかった。
とはいえ、このテのヒューマンドラマにありがちなストーリーの中ダレや単調さとは無縁ではなく、途中でちょっと飽きてしまうタイミングがあったところは否めない。
また、働いているあいだは激務でこき使われてクビになるときはあっという間なアメリカの労働環境自体がそもそもイヤすぎて、登場人物たち全般にあまり感情移入できないところがあった。