『ヴィンセントが教えてくれたこと』
競馬狂いの飲んだくれの借金漬けで悪態をついてばっかりの偏屈な老人、ヴィンセント・マッケンナ(ビル・マーレイ)の隣宅に、夫と離婚したばかりのマギー(メリッサ・マーカーシー)とその息子オリヴァー(ジェイデン・リーバハー)のが引っ越してきた。そして、オリヴァーが転校初日にいじめに遭って家の鍵を失くしてヴィンセントの家に滞在させてもらったことをきっかけとして、ヴィンエントはオリヴァーのシッターの仕事を引き受ける。マギーには賃金をがめつく請求するヴィンセントだが、オリヴァーとはすぐに打ち解けて、いじめからの自己防衛術を教えたり「社会勉強」と称して競馬やバーにも連れて行ったりする。オリヴァーはヴィンセントが日々利用している娼婦のダッカ(ナオミ・ワッツ)とも知り合い、いじめっ子とも和解して仲良くなるなど、新しい町での環境に適応していく。一方のヴィンセントは、高級老人ホームに8年間も滞在している妻のための資金繰りがいよいよ厳しくなり、借金取りの魔の手も迫っていた。そして、ある日ヴィンセントはついに脳卒中で倒れしまい……。
少年との出会いが偏屈な老人の人生に活気を取り戻させて、老人は社会性や前向きな気持ちを取り戻していく、というありがちなお話であるが、かなり面白い。コメディ要素とヒューマンドラマのバランスも絶妙であるし、学校の出し物でオリヴァーがヴィンセントの人生を振り返ったうえで彼を聖人として讃える、という終わり方も陳腐なものとはいえなかなか泣かせられる演出である。
登場人物のキャラクター性の多くはこのテの物語にありがちなものであるが、ツボがしっかり押さえられている。『クリスマス・キャロル』のスクルージを連想させられるヴィンセントの毒舌は面白いし、彼が格闘術に長けていたり意外としっかりている側面があるところも終盤に明かされる彼の人生を考えれば納得だ。猫に好かれているという設定も、いかにもそれっぽい。オリヴァーはまあ少年もの映画のテンプレ的な主人公であるが、彼といじめっ子が和解するシーンは(でき過ぎているとはいえ)悪くない。いじめられているとはいえ弱虫や泣き虫の要素がオリヴァーにはあまりないところも、物語の展開をさっぱりとスムーズなものにさせている。
そして、オリヴァーの母親のマギーの描写がなかなか良い。この手のストーリーだと母親は過保護でヒステリックな存在として描かれがちだし、また外見的魅力のある女優が演じたりすることが多いものだが、さほどヒステリックではなく肥満体の脇役顔なマギーのキャラクター性は微妙に「ハズシ」が効いている。オリヴァーの学校の教師たちの前で離婚に関する事情を語って泣き出すシーンが特に印象的だが、お人好しで弱みの多い彼女のキャラクターにはなかなか独特な魅力がある。そして、マギーとは対極なダッカも対比によって映えることになるのだ。ヴィンセントがダッカの面倒を見るシーンではヴィンセントの善性が描かれているし、肉体関係から精神的な関係に移行してヴィンセントとダッカが相棒同士のような存在になるところも良い。ラストシーンでヴィンセント、オリヴァー、マギー、ダッカ(とダッカの赤ん坊とヴィンセントの猫といじめっ子)が食事をするところは彼らが疑似家族のような関係を築いたことを表しているのだろう。
オリヴァーの学校の教師や施設の介護士、ヴィンセントの父親が雇った正規のシッターなど、名前の付いていない脇役たちもソツなく描写されていて好感の抱けるキャラクターとなっている。
特になにか画期性や新奇性のある作品ではないし、描かれている物語も全体的にうまく行き過ぎていてフィクションっぽさは強いが、「感動もの」や「人情もの」としてかなりウェルメイドな作品だ。金のかかったアクションものや壮大なスペクタクルものと並んで、こういう小品も、映画の醍醐味であることは間違いない。