THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『トラフィック』

 

トラフィック (字幕版)

トラフィック (字幕版)

  • 発売日: 2018/12/20
  • メディア: Prime Video
 

 

 スティーブン・ソダーバーグ監督が2000年にアメリカ-メキシコ間における麻薬密輸の問題を撮影した群像劇。当時としてはシリアスな話だったのだろうが、そのあとにも麻薬戦争が悪化し続けた現状とそれを反映した『ボーダーライン』のことをふまえると、だいぶ牧歌的なお話に見えてしまうのが悲しいところだ。

 カリフォルニア、メキシコ、ワシントンと主に3つの舞台で物語がすすむが「カリフォルニアは明るくコントラストの利いた映像」「メキシコは黄色く薄暗くて砂っぽい映像」「ワシントンなどでは青く冷んやりした映像」と、映像の雰囲気を変えることで舞台をわかりやすくする工夫がなされている。これはなかなか画期的なアイデアだろう。最近になって『タイラー・レイク:命の奪還』をきっかけとして「発展途上国を黄色く描くイエロー・フィルター」という問題が物議をかもしたが、まあ映画における発展途上国なんてオリエンタルな「他者」でしかありえないんだからそんな扱いでいいと思う。

 ストーリーとしては、ソダーバーグらしいさっぱりとしていて薄味なものだ。10年以上前にDVDで初めて見たときにはまだアメリカ-メキシコ間の麻薬問題に馴染みがなかったこともあって衝撃や感銘を受けながら見れたのが、同じテーマでより良い作品がいくつかできたあとになっては薄味さが気になるし、ちょっと賞味期限切れという感じがする。

 しかし、群像劇がそれぞれに集結していくラストシーンは、まだ麻薬戦争が牧歌的であったこの時代ならではのハッピーエンド感があって爽やかだ。

 この映画のなかでは相棒思いのまじめな捜査官のドン・チードルのキャラクターにいちばん好感が抱けるから(相棒役のルイス・ガスマンも顔がすごくて存在感がある)、彼が麻薬王の家に盗聴器を仕掛けることに成功して笑顔で走り去っていく場面は実にいい。助演男優賞を獲得したベニチオ・デル・トロはいつものデル・トロという感じの役柄ではあるが、ラストの野球場のシーンはかなり泣ける。麻薬対策に尽力したいのにアホ娘が麻薬に手を出して困っちゃうマイケル・ダグラスは気の毒ながらもがんばっていて応援できる。麻薬王であった夫が逮捕されたあとに夫の代役として奮闘するキャサリン・ゼタ=ジョーンズの役柄に関しては「さっさと天罰が下れよ」としか思えず共感不能であったが…。

 しかし、いいところのお嬢ちゃんであるマイケル・ダグラスの娘が麻薬に手を出しちゃうシーンは、いくら判断能力のない未成年であるとはいえ同情できなかった。育ちの悪い子や貧困地域の子が麻薬に手を出すことは「環境が悪い」と同情できるが、いいところのお嬢ちゃんやお坊ちゃんが麻薬に手を出すのは「甘えんな」という感じである。劇中でもマイケル・ダグラスの妻が「私たちだって若いころは麻薬を試したでしょ」と言って娘を擁護するシーンがあるのだが、アメリカ人はこういうところがイカれている。試すとか試さないとかの前に、麻薬には一切手を出すべきではない。メキシコが南にあるとか環境とか教育とかの諸々だとか以前に、「とにかく欲望を追求してやれることはやってみて、特に若い頃はルール違反をしてみるくらいが通過儀礼としてちょうどいい」といった、自由を追求したがために規範意識が損なわれて良識を失った先進国としてあるまじきアメリカ特有の浅薄な社会秩序そのものが麻薬問題の原因だと思った(たとえば日本なら南にメキシコがあったとしてもアメリカのように麻薬が蔓延することはないと思う)。