THE★映画日記

映画(たまに漫画や文学)の感想と批評、映画を取り巻く風潮についての雑感など。

『モンタナの目撃者』&『ウインド・リバー』

f:id:DavitRice:20210910222315j:plain

 

 

 

 

 現代風西部劇(モダン・ウエスタン)を十八番とするテイラー・シェリダンであるが、わたしは彼が監督したり脚本したりした作品を観るたびに、同じく現代風西部劇を映画ではなく小説で展開している作家のコーマック・マッカーシーを思い出す(『ノーカントリー』の原作者でもある)。『ボーダーライン』シリーズの救いのない殺伐とした世界もマッカーシーっぽいが、『モンタナの目撃者』や『ウインド・リバー』などの、人間と善意と悪意と暴力、そしてそれらを包括するはるかに強大な存在としての「自然」が描かれている感じも、マッカーシーっぽい。……というか、シェリダンの作品は、いまどきないくらいに「アメリカ文学」の伝統に適っているとも言える。アメリカ文学のひとつの王道は「自然」や「荒野(ウィルダネス)」とそれに対峙する個人としての人間を描くことであるからだ。

 

 シェリダンが脚本・監督の両方を担当した『モンタナの目撃者』と『ウインド・リバー』を比較すると、まあ、映画の出来としては後者のほうがよいだろう。テーマが明確であるし、ジェレミー・レナーが主人公としてキャラが立っているし、准主人公のエリザベス・オルセンをワイオミングの居留地の状況や寒冷地の「ルール」を知らない都会派の小娘FBIとして設定すること、つまり観客と同じような知識量や価値観を持つキャラクターを配置することで、常識的な世界と特殊な世界の違いを際立たせられている。 

 女性に対する暴力の残酷さやえげつなさも、直接の死因(寒いなか走り続けて肺が凍ったこと)の痛々しさやグロテスクさを最初に示したあとに、間接的な死因(彼氏の同僚たちによる暴行とレイプ)について尺を割いて描くことで、かなりイヤな気持ちを観客に与えて、犯人たちに対する怒りを与えることに成功している。わたしはあまり苛烈な復讐や報復の描写って好きではないし、この映画の犯人たちにもいちおうの言い分はあるのだが、それでも、『ウインド・リバー』のクライマックスにおける「処刑」はぜんぜん気分が悪くない。ジェレミー・レナーの寡黙でさっぱりした口調や雰囲気も貢献しているだろうけれど、「然るべき報い」として素直に受け取ることができるのだ。

 雪山の怖さや恐ろしさ、そして美しさもしっかり描写できている。雪のなかに見える血や死体は怖いものだし、青空は実に美しいし。キャラクターも必要最低限の分量でしっかり描けており(ほとんど出番がない被害者カップルも、特に男のほうはジョン・バーンセルという役者の力もあって印象的だ)、「小品」感は否めないもののなかなか見事な作品であるだろう。

 

『モンタナの目撃者』に関しては、『ウインド・リバー』に比べると完成度は低いと言わざるを得ない。女性主人公を演じるアンジェリナー・ジョリー演じる「タフな大人の女」としての生命力や包容力や伝わってきて素晴らしいし、ニコラス・ホルトエイダン・ギレンの凸凹殺し屋コンビもやや戯画的ながら印象に残るキャラクターをしているが、ジョン・バーンサル演じる保安官とその妻の出番が多過ぎるために、主人公と殺し屋たちが対峙するシーンがごく僅かになっていることが問題だ。保安官の妻は意外な活躍をするという点で魅力的なのだけれど、そのせいで主人公の出番が削られてしまい、彼女が抱えるドラマについても彼女のヒーロー性についても中途半端なものとなってしまっている。アンジェリナー・ジョリーがあまりに魅力的であるぶん、実に勿体なかった。

 殺し屋コンビたちは冒頭から日常を一瞬にして破壊する恐ろしさを放ちつづけると同時に、依頼者から金をケチられたせいで仕事をミスしてしまったり、火傷に苦しみ続けたりするなど、人間味がやたらとある点がおもしろい。ただし、森に火を付けたり諸々の残虐行為を指揮したりしていたのはエイダン・ギレンのほうであるのに、彼は(火傷はしたけれど)最終的には銃で撃たれてあっけなく死ねるのに対して、ニコラス・ホルトは斧で刺されまくった挙句に山火事で焼け死ぬというのはちょっと気の毒だった。二人の死に方は逆にしていたほうが、勧善懲悪としてスッキリしていたと思う。

 山火事の恐怖の描き方も、『ウインド・リバー』における雪山の描き方に比べると、どうにも雑。殺し屋と主人公との間のドラマと有機的に結びついておらず、チグハグであるように思える。冒頭でルイス&クラーク探検隊の名前が出てくることは元・アメリカ文学専攻としては嬉しいところであるが、『モンタナの目撃者』では「自然」の描写は失敗していたんじゃないかなあ。とはいえ、『オンリー・ザ・ブレイブ』と同様に、山火事を消防する仕事の大変さとか重要さとかプロフェッショナル性とかは伝わってきたけれど*1

 

 ところで、『ウインド・リバー』ではいわゆる「ホモソーシャル」の犯罪性や恐ろしさを描いた一方で、『モンタナの目撃者』の消防隊たちのホモソ的コミュニケーションはとくに批判的にでもなくニュートラルに描かれていること、その代わりに『ウインド・リバー』や『ボーダーライン』では「ワルたちの世界の事情を知らない世間知らずで頼りない小娘」が主人公の引き立て役として配置されていたのに対して『モンタナの目撃者』では女性主人公の強さやタフさが強調されていることなど、ジェンダー描写の配分や塩梅を作品ごとに変更するバランス感覚は、創作技術としても人間や社会に関する見識としても優れており、評価に値する。

 また、『ウインド・リバー』はよく考えたら主人公が堂々たる「白人酋長」であったりするのだけれど、それを忘れさせてくれるくらいには出来が良いと言える。